関西学院大学は3月24日、新規二次元物質である遷移金属ダイカルコゲナイド系物質(TMDC)系の「NbSe2」における「非線形光学的ホール効果」を利用した電流およびスピン流を駆動する新しい機構を理論的に提案したことを発表した。
同成果は、関西学院大 工学部の若林克法教授、同大学 理工学研究科 先進エネルギーナノ工学専攻の羽原廉大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、米物理学会が刊行する物理とその学際的な分野を扱うオープンアクセスジャーナル「Physical Review Research」に掲載された。
新規二次元物質であるTMDCは、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)のいずれかの原子1個と、硫黄(S)もしくはセレン(Se)のどちらかの原子2個で構成される物質群として知られる。元素の組み合わせ次第で半導体にもなれば金属にもなり、さらに超伝導物質になるものもあるという特徴を持つ。また、熱力学的に安定なだけでなく、透明で機械的に柔らかい素材であるため、二次元物質の代表であるグラフェンとともに光・電子機能を有するフレキシブルデバイスへの応用も期待されている。
一方、同じ二次元物質でもTMDCとグラフェンでは異なる点もあり、その1つとしてTMDCは「スピン軌道相互作用」を有していることが知られており、それによりスピン流の駆動や伝搬が生じるため、TMDCはスピントロニクス素子への応用においても研究が進められている。
しかし、これまで二次元物質によるスピン流生成に関しては、非線形ホール効果による理論提案がなされているものの、外部からの一軸性歪みを与える必要があった。そこで研究チームは今回、TMDCの一種で、室温では金属的な性質を示し、低温で超伝導物質となることを特徴とするNbSe2に着目。同物質で、光照射による非線形光学的ホール効果を利用することを試みることにしたという。その結果、一軸性歪みを与えなくても、NbSe2に電流またはスピン流が生成できることが明らかにされたという。
今回の研究では、一から三層までのNbSe2の電子状態を解析した上で、非線形光学的ホール伝導度を数値計算によって解析がなされた。NbSe2は、各層同士が半周期分互いにずれて積層した構造を持ち(AB積層構造)、面内では六角格子構造を有する。
そして、一般的に奇数層では空間反転対称性が破れているが、偶数層では空間反転対称性が保持されている。NbSe2の奇数層では、Nb原子に由来するスピン軌道相互作用に加えて、結晶構造の対称性に由来するイジング型スピン軌道相互作用が存在する。これは、層数の偶奇によって、まったく異なる非線形光学応答を示すことを意味するという。
このことから、NbSe2の単層および三層では、1.5eV程度(可視光のエネルギー程度)のy偏向の光の入射によって、スピンホール伝導度がピークを持ち、これはy偏向の光によってNbSe2内にスピン流を生成することが可能となることを意味するとする。しかし二層NbSe2では空間反転対称性が保たれるため、非線形光学的スピンホール伝導度はゼロだという。
またNbSe2の単層および三層では、今度は1.5eV程度のx偏向の光を入射させることで、電子ホール伝導度がピークを持つこととなり、これはx偏向の光によってNbSe2内に電流を生成できるということを意味するという。こちらも、二層NbSe2では空間反転対称性が保たれるため、非線形光学的電子ホール伝導度はゼロとなるとする。
なお二層NbSe2でも、垂直電場を引加することで空間反転対称性を破りさえすれば、スピン流または電流を光で誘起することが可能だとしている。
これまで、TMDCの中では半導体としての特性を持つ「MoS2」などでは、非線形ホール効果の誘起には、外部からの一軸性歪みに加え、ホールドーピングも必要とされていた。しかし今回の研究では、半導体TMDCにホールドーピングをすることなく、なおかつ一軸性歪みを与えなくても、光を照射することによって半導体TMDCに電流またはスピン流が生成できることが確認されたこととなる。
なお、今回の研究で明らかになった原理はNbSe2だけでなく、MoS2などのほかの半導体TMDCなどにも適用できるとしており、特に、入射光のエネルギーは、可視光領域であるため、エネルギーハーベスティング素子などへの応用も期待できるとする。また、この理論指針にしたがった物質設計およびデバイス設計が、今後に期待されるとも研究チームでは説明している。