科学技術振興機構(JST)と東京大学は3月15日、腕の加速度から睡眠・覚醒状態を判別する独自開発の機械学習アルゴリズム「ACCEL」を用いて、英・UK Biobankの約10万人の加速度データを睡眠データに変換して解析した結果、不眠症などを含む全16パターンに分類することができたと発表した。
同成果は、JST 戦略的創造研究推進事業での、東大大学院 医学系研究科 機能生物学専攻 システムズ薬理学分野の上田泰己教授(理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 合成生物学研究チーム チームリーダー兼任)、同・香取真知子大学院生(研究当時)、同・史蕭逸助教(理研 客員研究員兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」にオンライン掲載される予定だという。
現代人の60~70%は満足な睡眠が取れていないと感じており、その一部は中途覚醒や入眠困難を特徴に持つ不眠症と診断されている。中途覚醒や入眠困難などの睡眠パターンは脳波などのPSG測定で正確に調べることができるが、装置が煩雑なため日常的な睡眠状況の把握には適していない。一方で不眠症の診断には、週単位の睡眠パターンを把握することが求められるため、現在は睡眠日誌や問診といった主観的な指標による診断が中心となっている。
もし、簡便かつ正確に長期間(1週間以上)にわたる睡眠の測定手法が開発され、その結果を定量的に解析できれば、睡眠パターンの分類から不眠症などの症状の分類によってより詳細な診断をすることができるようになるほか、治療前後の差を比較することで、治療効果を正確に見積もれるようになることが期待されるという。
そこで研究チームは今回、UK Biobankにある英国を中心にした30~60代の男女約10万人を対象に、リストバンド型の加速度センサを用いて最長で7日間の加速度測定を行った腕の加速度データに着目。この腕の加速度データから睡眠・覚醒状態を高精度に判定する独自開発の機械学習アルゴリズム「ACCEL」を用いて、加速度データから約10万人の睡眠データ生成を試みることにしたという。
得られた睡眠データは21の睡眠指標に変換され、睡眠パターンが8種類のクラスターに分類された。その中には、夜型の人の平日と休日で睡眠時間が異なる傾向がある「社会的時差ぼけ」に関連するクラスターや、中途覚醒を特徴に持ち不眠症と考えられるクラスターも含まれており、生活習慣、睡眠障害のそれぞれに関連があるクラスターを抽出することに成功したとする。
また、睡眠障害に関連がある睡眠パターンの詳細な調査として、21の睡眠指標のうち、睡眠障害との関係が深い、睡眠時間や中途覚醒時間などの6指標に着目。いずれかの指標が、一般的な睡眠から大きく外れるデータに同様の解析を適用することで、新たに8種類のクラスターが分類され、その中には朝型や夜型に関連するクラスターが含まれたとするほか、複数の不眠症に関連するクラスターも特定され、全データを用いたクラスタリングと合わせて、不眠症に関連する睡眠パターンが7種類に分類された。
今回の研究から、長期間の測定データを利用することでPSG測定では判定が困難な「社会的時差ぼけ」や朝型夜型といった生活習慣に関連するクラスターを定量的に分類することにも成功したほか、睡眠パターンは合計16のクラスターに分類することができ、その中で不眠症に関連する7種類のクラスターは、従来と異なる新しい指標に基づいて分類されたことから、不眠症の診断、治療法の提案の面において、新たな手法の構築に役立つことが期待されるとしている。
研究チームでは今後、実際に睡眠障害と診断されている人の睡眠データを用いることで、各クラスターと睡眠障害の関係性をより正確に解明し、定量的な指標に基づく新たな睡眠障害の診断パイプラインにつながることが期待されるとしているほか、不眠症に関連する睡眠パターンを7種類のサブタイプに分類できたことと同様に、ほかの既知の睡眠障害についてもサブタイプに細分化することができる可能性があるとしており、これまで同一の病名で診断されていた睡眠障害が細分化されることで、そのサブタイプを考慮した、より適切な治療法の確立や、その背後にある遺伝的・環境的な要因の解明が促進されることが期待されるとしている。
また、今回明らかになった睡眠パターンのクラスターは、睡眠と深く結び付いた心身の健康状態、例えば精神疾患の原因解明を促進する上でも、有益な情報となると期待されるともしているほか、睡眠を簡便に測定する環境が整い、自動的に睡眠パターンを判別する技術が生まれることで、気軽に個人が睡眠を測り自身の状態を把握することを身近にしていくことが期待できるともしている。