目にみえない世界は、実は目に見えている世界よりも重要なのではないかと思うときがある。心の在り方で見えている世界がいかようにもなるように、私達の身の回りには目に見えない力が大きく作用する。

そして、それは心と種類は違えど植物にも当てはまる。根だ。

植物は暴露している葉の光合成だけで生育するのではなく、根からも水分や無機養分を吸収している。言わずもがな、根が機能していない植物は基本生育することが困難であるため、植物にとって根の存在は非常に重要である。

安心してほしいのだが、掘れば物理的に見えるのは筆者も当然知ってる。ただここでは、掘れば見える勢の読者の皆様、どうか掘らないで読んでいただけないだろうか。そのために心の在り方でいかようにもなることを前置きしておいたのだ。

さて、強引ながら話を戻そう。

今回はそんな植物の根にまつわる研究を紹介したい。

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター機能開発研究グループ、大阪大学、東京大学、東京農業大学の共同研究グループは2022年2月9日、環境変動に応じた植物の根の伸長調整に関わる新たな遺伝子制御因子を発見したと発表した。

同成果の詳細は、科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」でオンライン掲載されている。

地中に根を張る陸上植物は最適な環境に自ら移動できないため、高温や乾燥、病害などさまざまな環境ストレスに対処する複雑な応答機能を発達させてきた。このストレス応答機構では、環境ストレスへの耐性が高まる反面、植物体の成長が抑えられることが分かっているが、環境ストレスに対する特定の組織における成長抑制の分子メカニズムは明らかになっていない。

共同研究グループは、細胞内ストレス応答機能の1つである「小胞体ストレス応答(Unfolded Protein Response:UPR)」の活性化による、植物の根の伸長成長の抑制現象を分子遺伝学的に解明する研究を進めていた。

UPRの活性化は、生物内外の環境悪化によって細胞内に蓄積した不完全タンパク質を感知することで起こる。このURPは、真核生物共通の細胞内恒常性を維持する役割と、外部ストレスを細胞内シグナルに変換して遺伝子発現制御に伝える細胞内ストレスセンサとしての役割があると考えられている。

分子遺伝学のモデル種であるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)では、三つの転写遺伝子(bZIP17、bZIP28、bZIP60)がUPRの制御に関わっている。2018年には、bZIP17とbZIP28を同時に機能欠損させた変異株(bz1728)において、根の伸長が野生株と比較し10%程度阻害されていることが明らかとなっている。

しかし、その表現型は根の伸長阻害を特徴とする他の変異株との関連性に乏しく、また、植物ホルモンなどの根の伸長成長に重要な代謝経路においても特性のある変化は見られなかった。これらのことから、bz1728株が示す根の伸長阻害は新しい遺伝子に起因すると考え、同研究を行ったという。

共同研究グループは、bz1728株における根の伸長阻害に関与する新たな遺伝子を探索するため、ゲノム上にランダムな突然変異を誘導した突然変異集団をつくり、親株であるbz1728から根の伸長成長を回復した一連の変異株を選抜し「nobiro(ノビロー)」と名付けた(下図)。

  • 根の伸長が阻害されたbz1728株とそれを回復したnobiro6株、野生の表現株

    根の伸長が阻害されたbz1728株とそれを回復したnobiro6株、野生の表現株(出典:理化学研究所)

同研究では、nobiroの1つであるnobiro6株を対象に原因遺伝子を特定し、根の伸長回復分子メカニズムを解明するための分子遺伝学解析を行った。

nobiro6株とbz1728株間の戻し交配から得られた後代(子孫)を、さらに自殖して得られたBC1F2分離集団を対象にゲノム再解読を行い、根の伸長度合いが異なる複数の個体から解読した遺伝子変異データを比較した。その結果、根の伸長回復と相関して検出される突然変異の1つが、基本転写遺伝子複合体の構成因子の1つである「TAF12b」の正常な発現を阻害することを発見した。

さらにゲノム編集法を利用してbzip17、bzip28、taf12b遺伝子の多重の機能欠損変異株をつくったところ、nobiro6株と同程度の根の伸長回復を示したことから、このtaf12b遺伝子上の変異がnobiro6株の伸長回復の原因であることが証明された。

そして、野生株bz1728株、nobiro6株の遺伝子発現解析を比較したところ、bz1728株では、野生株に比べて数百個の遺伝子の発現が上昇・低下の両方向に数百倍にいたる大きな変動を示した(下図左)。

一方、nobiro6株では上昇方向への発現変動が野生株と同程度まで回復しているのに対し、低下方向の発現変動はbz1728株の水準のまま保持されていることが分かった(下図右)。

  • bz1728株およびnobiro6株における網羅的遺伝子発現変動。赤は野生株と比較し発現量が有意に上昇した遺伝子を、青は有意に低下した遺伝子を表す

    bz1728株およびnobiro6株における網羅的遺伝子発現変動。赤は野生株と比較し発現量が有意に上昇した遺伝子を、青は有意に低下した遺伝子を表す(出典:理化学研究所)

これらのことから、bz1728株が示す上昇方向の遺伝子発現変動に、根の伸長成長を抑制する機構が含まれている可能性が示された。

さらに、TAF12bの単一機能欠損株(taf12株)の生理学および分子遺伝的特性を調べたところ、taf12b株では、人為的に誘導された小胞体ストレスによる根の伸長抑制応答が鈍くなっており、UPRの活性も低下していることが分かった。

以上のことから、nobiro6株の原因変異が見つかったTAF12bが、植物の小胞体ストレス応答における転写補助因子としてストレス信号に応じたUPRの活性を助長し、ストレス応答性の根の伸長抑制に機能することが明らかになった。

共同研究グループは、同研究成果は環境と植物の相互作用に対する学問的価値にとどまらず、ダイコンやサツマイモなど、根を利用する作物の改良を通じて、植物工場や都市型農業に向けた作物生産向上に貢献できる可能性があるとしている。