東京工業大学 物質理工学院応用科学系の一杉太郎 教授は、実験にロボットや人工知能(AI)や機械学習の手法を組み合わせて、できる限り実験工程を自動化し、人間である研究者は、その実験結果を思考する時間を最大限に確保し活用する新材料探索法を実践している。
そして、その新しい材料開発手法の利用法を薦める“伝道師”としても活躍し、注目を集めている。
その伝道師としての役割の一環から、例えば内閣府が設けたイノベーション政策強化推進のための有識者会議「マテリアル戦略」の委員の一人として、新しい材料開発議「マテリアル戦略」を議論する有識者を務めている※1。
一杉教授は平均して月に1回程度、新しい材料開発の進め方の実践方法をさまざまな場で講演・解説し、自分が実践している新材料探索法の手法のやり方を具体的に公表している。
例えば、2022年1月26日から28日までの3日間にわたって開催された第21回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2022)内で開催されたシンポジウム「研究DX時代のマテリアルズ・インフォマティクス」の講演会の講師の一人として登壇し、「機械学習とロボットが『自律的』に研究を進める時代に、人間の研究者は何に注力するべきか?」と題した講演を行った。
一杉教授の研究室は、清水亮太准教授と共に、超伝導体や磁性体、光機能材料などの新物質材料開発や新機能発掘などを追究する研究分野を専門領域にしている。その基本手法は「原子レベルで物質構造を精密に制御する“アトムエンジニアリング”を追究している」という。
具体的には「世界最先端の物性評価技術を基に、新しい物質設計を目指している」と説明する。こうした研究成果の一例では「ガラス基板の上にTiO2(二酸化チタン)透明導電膜を形成することに成功する」などの研究成果がある。
最近、話題を集めた研究成果の1つは「現行のリチウムイオン2次電池を“全固体電池”にするために、最先端の原子レベルの物質製造技術を駆使して薄膜化し、不純物を(原理的に)完全に排除し、正極や負極などの接合面積や結晶構造をきれいに規定する材料を用いることによって、これまで不可能だった界面でのLiイオン・原子の動きを定量的に計測・評価することができるようにしたこと」である。
このリチウムイオン2次電池研究のために使用した実験装置群は、多関節ロボットを中心に配置し、ほぼすべての材料作製と特性計測の研究工程を自動化した実験システムになっている。
例えば、リチウムイオン2次電池研究のための正極・負極の材料組成を原子レベルで変える合成装置群を、多関節ロボットが操作し、“原子レベルで変えた”試料を次々と作製する。
この“原子レベルで変えた”試料を、例えば電気伝導度などを計測する装置に、多関節ロボットが運び、精密計測できる状態に配置し、知りたい各物性値を精密に測定する。
これを繰り返して、例えば、電気伝導度を示す状態図※2などを作製する。試料を構成する元素のキーとなりそうな元素の組成を変えた状態図を精密に作成し、求める特性がある組成近傍でその特性が高まることを探す工程に入る。
こうして狙ったさまざまな「マテリアル・ビッグデータ」を作成。そのデータを人間は考察し、目指す特異点を探し、有用な新材料を探し当てる新材料開発法を実践しているという。
一杉教授は、この自動化・人工知能・機械学習などを活用する新材料開発法を実践するとともに、その手法を日々、考察し、その改良を行っているのだ。
文中注釈
※1内閣府が設けたイノベーション政策強化推進のための有識者会議「マテリアル戦略」は、座長を澤田道隆・花王取締役会長が務め、委員を小野山修平・日本製鉄代表取締役副社長・技術開発本部長などの企業・大学・公的研究機関などの専門家8人が務めた。一杉教授はその委員の一人である。現在、令和2年(2020年)10月から令和3年(2021年)3月まで開催された議論の内容が公表されている。
※2状態図は組成を基に、結晶状態などを示すものが多い。この結晶状態とは、合金相や相分離状態などを示している、組成が2元系のものが一般的には多いが、3元系などもある。これ以上は、表現手法が立体化するなど複雑な表記法になる。例えば、実際の超伝導体や磁性体、光機能材料などの新物質材料は6元系、7元系と複雑な組成になるため、工夫してその特性を表示する多次元空間として考察している。