国立天文台(NAOJ)は3月10日、アンモニア分子が放射する電波を用いてさまざまな分子雲について全体を覆う広い範囲を観測する「KAGONMAプロジェクト」により、いて座の方向にある大質量星形成領域「W33」を観測した結果、その中の「W33 Main」における分子ガスの温度上昇は、分子雲内部の星形成活動によって形成された電離水素領域(HII領域)が原因であり、その影響範囲は限定的であることが示されたこと、ならびにアンモニア分子の吸収線が検出され、ほかの分子雲では検出されていない珍しいタイプのものであることが明らかになったと発表した。

同成果は、鹿児島大学 理工学域理学系 理工学研究科(理学系) 理学専攻 物理・宇宙プログラムの村瀬建学部生、同・半田利弘教授らによる、「野辺山45m電波望遠鏡を用いた鹿児島大学を中心とした天の川銀河天体のアンモニア分子輝線マッピング」(KAGONMA)プロジェクトによるもの。詳細は、英国王立天文学会発行の天文学術誌「Monthly Notices of the Royal Astronomical Society」に掲載された。

恒星は星間ガスが重力で寄せ集まって誕生するが、そのきっかけは、外部からの影響がない「自発的星形成」と、逆に影響を受けての「誘発的星形成」の2種類のメカニズムが考えられている。誘発的星形成の中には、宇宙空間で比較的密度の高い「分子雲」が衝突することや、大質量星が誕生することで形成されるHII領域の膨張によって周囲のガスが圧縮されるといったメカニズムが提唱されてきた。

外部から影響を受けた分子雲は、周囲の環境と比べると何かしらの変化が見られることが予想されるという。また、分子雲内部での星の誕生も周囲の環境に影響を与えると推測されている。

そこでKAGONMAプロジェクトでは、これらの影響が分子雲内部での星の誕生にどのように寄与しているのかを調べるため、星が誕生している場所だけでなく、その周辺にも広範囲に存在している分子ガスの密度や温度も調査することを提案。特に、分子雲の温度分布に着目した観測を実施するため、アンモニア分子から放射されている電波がターゲットとされた。

KAGONMAプロジェクトは、野辺山観測所レガシープロジェクトの1つである「FUGIN」プロジェクトのデータを元に観測候補の72天体を選出し、2016年ごろから観測をスタート。今回の研究では、さまざまな形成途中にある若い大質量星が含まれている大質量星形成領域W33の観測がなされた。

その中のW33 Mainは過去の研究からコンパクトなHII領域があり、すでに大質量星が存在している兆候も確認されているほか、W33領域の近くには大きさ数光年程度に広がったHII領域が隣接していることも知られている。

約30光年平方の範囲でアンモニア分子輝線が検出され、温度分布が調べたところ、観測領域の大部分で絶対温度16~18K(約-257~-255℃)の極低温であることが示された一方で、コンパクトなHII領域があるW33 Mainの周辺でのみ、20K(約-253℃)を超える温度を示すことも明らかとなったという。

20Kという温度そのものは、ほかの大質量星形成領域でも見られるものの、温度上昇が確認できる範囲がおよそ8光年程度に限定され、その隣には影響が見られないことが判明したほか、W33領域に隣接している広がったHII領域との境界付近で温度の上昇も見られなかったとのことで、このことは分子雲に影響を与えるのは、分子雲内部の星形成活動によって形成されたHII領域であり、その影響範囲は限定的であることが示されたとしている。

  • KAGONMAプロジェクト

    (左)大質量星形成領域W33の観測領域と観測から得られたアンモニア分子輝線。(a)黒枠は観測範囲、等高線はアンモニア分子輝線の積分強度、青丸は広がったHII領域の範囲を示す。背景はNASAの赤外線宇宙望遠鏡スピッツァーで得られた8マイクロメートル連続波画像。(a)内に記載されている(b)~(d)の場所で得たプロファイルが右の3つのグラフに示されている (C)Murase et al. 2021、(右)観測で得た温度マップ。x印はW33領域内に存在する若い星の位置が示されている (C)Murase et al. 2021、(出所:国立天文台 野辺山宇宙電波観測所Webサイト)

また、観測されたアンモニア分子輝線を詳細に分析したところ、W33 Mainの中心部で得られたプロファイルが特徴的な形状を示しており、輝線の周波数の両側が凹んでいることが確認され、輝線の両側に吸収線があることが示唆されたという。観測で得られたプロファイルの再現を目的に、どのような吸収線が輝線に重なっているのかを調べたところ、輝線と同じ視線速度を持ち、線幅が少し広く、強度が少し弱い吸収線を仮定すると、観測結果をよく再現できることが判明したとする。

さらに過去の研究データから、アンモニア分子の輝線と吸収線が同じ視線速度を持っている例は、今回のW33 Main以外にないことも判明したほか、同時に観測されたアンモニア分子の異なる3つの遷移線のうち、もっとも励起状態の高い遷移に相当するプロファイルでは吸収線の特徴を示さないことも確かめられたとする。同じ分子種であるにも関わらず、異なるプロファイル形状が示された今回の観測結果の原因については、今のところ不明だという。

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    W33 Main中心部で得られたプロファイルが再現された結果。左から(1,1)、(2,2)、(3,3)遷移線が示されている。黒線は輝線成分である青線と、吸収成分である緑線の和が示されている (C)Murase et al. 2021 (出所:国立天文台 野辺山宇宙電波観測所Webサイト)

なお、現在、KAGONMAプロジェクトで取得されたほかの天体に対しても、個々の天体ごとに解析が進められているとのことで、今後、温度分布を中心として、分子雲での星形成活動の特徴をまとめ、天の川銀河での星形成はどのようなメカニズムが主要なのかを明らかにしていきたいと研究チームではコメントしている。また、今回のW33 Mainで見られたような分子吸収線にも注目し、HII領域前後における分子ガスの特徴に関して、さらに深く議論できるのではないかともしている。