お酒を楽しみながら現在伐期を迎える国産材の利用に貢献できるとしたらどうだろうか。
ここで”ユートピア”などとお酒好き発言をしてしまう読者諸君に朗報である。
“飲んでも飲まれるな”の格言に恥じぬ魔法の水「お酒」の原料は、基本的に穀物のデンプンや果実、サトウキビの糖分などである。そんな数ある植物原料の中でついに”木”に白羽の矢が立ったのだ。
森林総合研究所(森林総研) 森林資源化学研究領域の大塚氏らの研究チームが開発した木を原料としたお酒の製造が、本格的に動き出しているのである。
世界初の技術をもとに「WoodSpirits」として製品化および販売推進に取り組んでおり、民間初となる木のお酒の蒸溜所の立ち上げ準備中とのことだ。
これらの核となる森林総研が行った木材からのアルコール製造や木材醸造、酒類への応用についての研究成果は「RSC Advances」で公開されている。
今回はその成果について紹介する。
森林総研が開発した技術は、水と食用の酵素、醸造用の酵母のみを用いて、熱処理や化学処理なしに木材の直接酵素糖化とアルコール発酵を可能にする湿式ビーズミリング(WBM)技術を用いている。
すなわち有毒な化合物を含まない製法だ。WBMは微小ビーズを使用して液体中で高速撹拌し、対象物をナノサイズまで微粒子化する技術であり、この技術は滑らかなチョコレートクリーム製造などの食品加工にも使用されている。
樹種はスギ、桜、白樺の材で、試験製造したアルコールについてSPME-GC-MSで香り成分の分析を行った。
この3樹種は日本の食文化と密接に関係しており、スギ樽は醤油、味噌、日本酒酒造に使用されており、チェリーは通常スモークチップに、白樺は爪楊枝やアイスクリームスティックなどに用いられる。また、日本ではこれら3樹種の成分を含む食品が日常的に食されているため、人間が消費しても安全であると考えられるという。
香り成分分析の結果、スギ材から製造したアルコールにはスギ特有の香り成分として、針葉樹特有のセスキテルペンが検出され、より木らしい香りを有していることが分かった。
また、桜の材からはジャスミンなどの花の香り成分、白樺は木材特有の香り成分が少なく甘い熟成香を示す成分が多く含まれていた。つまり桜の材からは華やかな香りが、白樺の材からはフルーティーで甘い香りのアルコールが製造されることになり、樹種ごとに異なる香りをもつこととなる。
さらに、市販のワインや日本酒、ブランデー、ウイスキーなどの一般的なお酒と香りや味覚を多変量解析によって比較したところ、木から製造したアルコールは既存のお酒とは異なる特徴を持つことが分かった。
なお図のAをみると、蒸留アルコールであるウォッカは醸造アルコール近傍に集まっている。これは香り成分が濃縮されていない連続蒸留法で製造されているためと考えられる。
また製造できるアルコール量は、直径30cm、長さ4mのスギ材を原料とした場合、アルコール度数35%の「木の蒸留酒」で37.5Lとなるようだ。これは750mL瓶が50本の計算となる。製造できる純アルコールが10.5kg、1年を52週間と仮定し、厚生労働省のガイドラインに則して純アルコール1日20g、週2日の休肝日を設けたとすると約2年分ものお酒に相当する。
お酒を嗜む人にとっては歓喜する製造量といったところか。
また森林総研は、林業の成長産業化に向けた新しい木材の利用技術となるだけでなく、新たな食文化の創生を期待できるとした。
いかがだっただろうか。
住居や食器、用具など、古より木を有効的に活用してきた人類は、今や木からお酒をつくるというステージに突入している。昨今ではSDGsや環境問題への関心の高まりから木材利用に注目が集まっている。そういった時勢もあり、今回紹介した「木のお酒」はまさしく木材利用の目玉となる商品になるのではないかと、筆者自身大いに期待を寄せている。