京都大学(京大)、理化学研究所(理研)、日本マイクロバイオファーマ(MBJ)の3者は3月3日、日本の土壌に由来する微生物叢から抽出・精製した代謝物ライブラリと、アルツハイマー病(AD)患者由来のiPS細胞から調製した大脳皮質神経細胞を用いて、土壌微生物叢の代謝物がADの中心的な病因分子の1つであるアミロイドβ(Aβ)の産生動態に与える影響を評価し、Aβ産生動態を変化させる代謝物として、「ミロテキウム属」の真菌が産生する「ベルカリンA」と、「ストレプトマイセス属」の細菌が産生する「Mer-A2026A」を同定したと発表した。

同成果は、京大 iPS細胞研究所(CiRA)増殖分化機構 研究部門の近藤孝之特定拠点講師(理研 バイオリソース研究センター(BRC)iPS創薬基盤開発チーム 客員研究員/理研 革新知能統合研究センター(AIP)iPS細胞連携医学的リスク回避チーム 客員研究員兼任)、同・井上治久教授(理研 BRC iPS創薬基盤開発チーム チームリーダー/理研AIP iPS細胞連携医学的リスク回避チーム 客員主管研究員兼任)、MBJの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

患者の腸や口腔などの微生物叢が、ADを含む脳神経系疾患の発症や進行に影響を与えることが疫学研究から明らかになりつつあり、Aβが体内で微生物の感染に対する自然免疫としての役割を果たす可能性があるという報告もなされるようになってきたが、どのような微生物叢が、どのようにして脳神経疾患の発症に関わるのかを解明することは難しく、中でも土壌由来の微生物の多くは単離および維持培養が難しく、解析が困難だったという。

研究チームは、微生物資源、特に土壌微生物に由来する二次代謝物の化合物ライブラリの収集と整備を続けてきており、今回は、そうした代謝物とADの関係を直接的に調べるため、放線菌類を中心とする細菌65種と、多様な真菌33種から抽出した98の二次代謝物を、家族歴のない孤発性AD患者から樹立させたiPS細胞を用いて調整した大脳皮質神経細胞に添加し、Aβの産生動態を定量的に評価することにしたという。

具体的には、それぞれの代謝物が1μMの濃度で添加され、培地中のAβ40とAβ42の濃度およびAβ42/40比の測定を行い、ネガティブコントロールとして化合物の溶媒であるジメチルスルホキシド(DMSO)のみを添加した条件に対するAβ産生の比率が計算され、代謝物の影響が調査されたほか、添加された代謝物による細胞損傷が培養皿中の神経細胞数を減らしてAβの定量結果に影響するため、神経細胞損傷の程度も同時に評価が行われた。

  • アルツハイマー病

    今回の研究の概要図。土壌微生物叢由来の代謝物をAD患者由来のiPS細胞から分化した大脳皮質神経細胞に添加し、どの代謝物がAD病態に影響を与えるかが調べられた (出所:京大プレスリリースPDF)

その結果、Aβの高毒性型であるAβ42の産生量に影響する代謝物として、Aβ42濃度が減少した、あるいはAβ42/40比が増加または減少した9つの代謝物が特定され、そこから濃度依存性的にAβ産生動態が変化する代謝物として、ベルカリンAとMer-A2026Aが見出されたとする。

ベルカリンAは、高濃度(0.2~5μM)では弱い神経細胞損傷が示されたものの、低濃度(0.32~8nM)では損傷を与えることなく、Aβ40およびAβ42の産生量を減少させたという。

  • アルツハイマー病

    孤発性AD患者のiPS細胞由来大脳皮質神経細胞が用いられた一次スクリーニング。孤発性ADのiPS細胞由来大脳皮質神経細胞に、土壌微生物叢由来の代謝物98種類1μMを添加した際の、Aβ40濃度(左上)、Aβ42濃度(右上)、Aβ42/40比(左下)、細胞損傷(左下)のネガティブコントロールに対する比率。ヒットした化合物は、化合物名の付いた黄色で強調表示されている (出所:京大プレスリリースPDF)

一方のMer-A2026Aは、添加された濃度に関わらず神経細胞への損傷が小さく、低濃度(1.6~200nM)では保護的AβであるAβ40産生量の減少とAβ42/40比の増加が示されたほか、高濃度のMer-A2026A(0.04~5μM)は、Aβ40とAβ42両方の産生量をネガティブコントロールの半分程度まで減少させることも確認。これらの結果から、Mer-A2026Aは、Aβ42./40比を上げ、ADの危険因子となる場合、あるいはAβ産生を抑制してADに対して保護的に働く場合という二面的な性質があることが示されたとする。

  • アルツハイマー病

    (上段)ベルカリンAの構造式(左)とAβ産生量に対する影響(右)。グラフは、ベルカリンAを添加した際の神経細胞のAβ40とAβ42の産生量および神経細胞毒性をネガティブコントロールに対する比率で示されている。(下段)Mer-A2026Aの構造式(左)とAβ産生量に対する影響(右)。グラフは、Mer-A2026Aが添加された際の神経細胞のAβ40とAβ42の産生量および神経細胞毒性が、ネガティブコントロールに対する比率で示されている (出所:京大プレスリリースPDF)

研究チームでは、神経細胞が土壌微生物叢の産生する物質を感知し、感染に対する免疫としてAβを産生する可能性や、土壌微生物叢がAβ産生を抑制するための物質を産生する可能性などを考えると、今回の研究成果は、今後、微生物叢とAD発症の関係を解明する糸口になるかもしれないとするほか、今回の解析技術を用いることで、微生物叢とADの関連性の理解が進み、微生物叢を標的とした発症予防やリスク管理、新たな微生物創薬への道筋が開かれることが期待できるとしている。