北海道大学(北大)と日本医療研究開発機構(AMED)は3月3日、涙液に含まれる長いアルコール(極長鎖アルコール)が、ドライアイ防止に重要であることを明らかにしたと発表した。

同成果は、北大大学院 薬学研究院の木原章雄教授らの研究チームによるもの。詳細は、生物学と生物医学の全般を扱う学際的な学術誌「The FASEB Journal」に掲載された。

涙は水層の外側に脂質からなる油層が存在し、油層が水層からの水分の蒸発の防止、表面張力の低下、適度な粘弾性(硬さと柔らかさ)の付与、角膜表面の潤滑化など、いくつもの役割を担っている。ドライアイは大きく、涙液量が減少するタイプ(涙液減少型)と水分の蒸発が亢進するタイプ(水分蒸散亢進型)に分類され、前者が水層の異常、後者が油層の異常に起因することが知られている。

涙液油層に存在する脂質は、まぶたの裏側の縁に点状に並ぶ「マイボーム腺」から分泌されることから、総称して「マイバム脂質」と呼ばれるが、水分蒸散亢進型ドライアイ患者の多くで、この開口部に詰まりが生じていることがわかっている。

アルコールとは水酸基(-OH)を持つ分子の総称であり、極長鎖は、炭化水素中の炭素数が21個以上のもののことをいう。マイバム脂質には、極長鎖アルコールを分子内に持つ分子が多く存在する。しかし、これまでこのような極長鎖アルコールが、どういう酵素によって作られるのかはわかっていなかった。そこで研究チームは今回、その酵素の探索を行うことにしたという。

  • ドライアイ

    今回の研究の概要図 (出所:北大プレスリリースPDF)

その結果、酵素「Far2」が関与していることが判明。Farとは脂肪族アシルCoA還元酵素の一種であり、活性化した(反応しやすくなった)脂肪酸であるアシルCoAからアルコールを作る還元反応を触媒する。ヒトにはFar1とFar2という2種類が存在するが、どちらがマイバム脂質中の極長鎖アルコールを産生するのかはわかっていなかったという。詳細な調査の結果、Far1が主に長鎖アルコール、Far2が極長鎖アルコールを産生することが確認されたほか、炭素数26の極長鎖アルコールが、Far2によって多く産生されていることが判明したという。

  • ドライアイ

    Far2の発現による極長鎖アルコール産生。Far1あるいはFar2の発現なし、あるいは発現ありの細胞中でのアルコールの量が炭素鎖長ごとに示されている。アスタリスクは統計的な有意差を示す(**P<0.01) (出所:北大プレスリリースPDF)

これを受けて、Far2がマイバム脂質中の極長鎖アルコールを産生しているか否かの解明に向け、Far2遺伝子のKOマウスを作成したところ、Far2 KOマウスは常に眼を閉じ気味であり、頻繁に瞬きをすることを確認したほか、正常なマウス(野生型マウス)のマイボーム腺では開口部に詰まりが観察されないのに対し、Far2 KOマウスでは白い歯磨き粉状の詰まりを観察。研究チームはこれについて、水分蒸散亢進型ドライアイの患者でよく見られる症状とよく似ているとしている。

  • ドライアイ

    Far2 KOマウスにおけるドライアイ。(A)マウスの外観とマイボーム腺の写真。Far2 KOマウスのマイボーム腺開口部には詰まりが見られ、圧迫すると歯磨き粉状のマイバム脂質が押し出されたという。(B)瞬き回数点、(C)融点、(D)水分蒸散量、(E)角膜傷害スコアの各測定値。アスタリスクは統計的な有意差を示す(**P<0.01、*P<0.05) (出所:北大プレスリリースPDF)

またマイバム脂質の融点は、野生型マウスでは体温付近であったのに対し、Far2 KOマウスでは49℃と上昇していることも判明。野生型マウスではマイバム脂質が液体として存在しているのに対し、Far2 KOマウスでは融点の上昇によって融けにくくなることから、固体・半液体として存在していることが示されたという。

さらに、Far2 KOマウスで眼表面からの水分蒸散量の増加と、角膜の傷害の亢進が観察され、Far2 KOマウスが重篤なドライアイを発症していることも判明したほか、マイバム脂質中に含まれる脂質にアルコールとカルボン酸(カルボキシ基(-COOH)を持つ分子の総称)が結合した「ワックスエステル」類であるワックスモノエステル、ワックスジエステルの3種類のいずれもが消失、あるいは量が低下していることが確認され、これらのことから、極長鎖アルコールの産生がドライアイ防止に重要であることが示されたと研究チームは説明する。

  • ドライアイ

    Far2 KOマウスにおけるワックスエステル類の産生低下。(A)ワックスモノエステル、(B)ワックスジエステル1ω型、(C)ワックスジエステル2α型、(D)ワックスジエステル2ω型の各測定値。アスタリスクは統計的な有意差を示す(**P<0.01) (出所:北大プレスリリースPDF)

ドライアイの原因の1つである油層の異常を改善する根本治療薬は開発されていないのが現状であるが、研究チームでは、今回の研究成果より、涙液油層をターゲットにした新たな治療薬の開発が進むことが期待されるとしている。