“凍裂”という言葉を耳にしたことはあるだろうか。
普段耳にしない言葉だが「凍って裂ける現象」と漢字から推察することは容易であろう。 実際、推察通りの現象を指す言葉であるが、この凍裂は樹木で発現する現象として知られる。
上図は実際に凍裂が発現したトドマツの写真である。樹幹の縦方向に亀裂が入っているのが見て取れる。
凍裂が起こった際は、銃声と錯覚してしまうほどの轟音が響き渡ることもあるため、仮に凍裂を知らずに薄暗い森の中を歩いているときに耳にしてしまうと、さぞ寒心に堪えないことだろう。
この凍裂の発現機構は未だ完全には解明されていないものの、樹木内部の水分が冬期の寒さによって凍結することが原因の1つとして考えられている。
なぜこの凍裂の話を持ち出したかというと、樹木は凍ることもあるという事実を知ってもらうためだ。
樹木が凍るなど考えもしない人も多いだろうし、そもそも樹木に関心などない人の方が一般的かもしれない。かくいう筆者も森に囲まれながら育ったが、樹木の生体など気にも留めなかった時期のほうが長い。
ただ、近年環境問題やSDGsなど関心の高まりをうけ、森林・林業・木材利用の活動に注目が集まっていることも確かだ。さらにいえば、人類が資源を消費して生きながらえている以上、持続可能な循環型社会を実現させていくには木材を含め再生産可能な生物資源の利活用は必須である。
そのため私達の方から少しは木材に寄り添ってみても良いのではないかと考えている。
しかしながら「何もいきなり“凍裂”というニッチな話をしなくてもよいではないか!」という声が鼓膜が破れそうなほど聞こえてきそうなのだが、落ち着いてほしい。
筆者も当然そう思っている。
そのため環境問題やSDGsなどの観点からみた森林・林業・木材利用の重要性についてはいずれ記事にしようと考えているのでお待ちいただきたい。
凍裂による割れの発達程度は、樹幹外周部などの浅いものから樹皮から髄付近まで達するものまであり、割れの長さは10cm〜10mを越えるものまでさまざまである。いずれにせよ、凍裂によって材部が割れ、歩留まりが著しく低下することから、凍裂木の工業的価値は低い。
国内では、北海道のトドマツ・ヤチダモの約20%に凍裂が発生し、東北・中部・九州地方のスギでも凍裂被害が報告されていることから、凍裂そのものは特異的なものではなく一般的に起こりうる現象なのかもしれない。しかし、凍裂かどうかの判断がそれほど厳密に行われていない可能性を示唆するケースもあることから、一概には言いにくい。
上述した通り凍裂の発現機構は完全には解明できてないが、温度低下による樹幹接線方向の引張応力が関係していることは間違いないとされている。
そして、その引張応力発生要因については以下のような形でいくつか議論されている。
- 樹幹外層部での急激な温度低下に伴う熱収縮が局所的に作用する(熱収縮説)
- 細胞壁中の水分が凍結した細胞内腔へと析出し、細胞壁が乾燥状態となって収縮する(低温乾燥収縮説)
- 樹幹に内在する局所的な高含水率箇所が凍結によって膨張する(内部膨圧説)
いずれの仮説にも矛盾や反証があり、また水平方向の水分移動だけでなく樹軸方向(繊維方向)の含水率分布や水分移動も検討材料として残されている。
では、凍裂が発生しやすい環境条件はあるのだろうか。
下の図を見ていただくと分かる通り、北海道トドマツは標高が高いほど凍裂の発生率が高いことがわかる。
これは標高によって気温が変化するためと考えられ、実際、平均気温と凍裂出現率の関係をみると、平均気温が低いほど凍裂が出現しやすい傾向がみられた。
これまでの凍裂発現機構の研究から、気温が少なからず影響していることは分かってきているが、要因はそれだけではない。
凍りやすい条件として、降水量や積雪量などの気象状況も関係していると推察されるが、その関係性は示されていない。
今回は発現機構が明らかになっていない樹木の凍裂について解説した。
個人的には樹軸方向(繊維方向)の影響について非常に気になるところだ。これまでは主に接線方向の引張応力、そして水分の析出機構に関しては水平方向について議論されてきた。放射縦断面に沿って割裂しているので、もちろん接線方向の応力を検討するのは当然であるといえよう。
しかし、もし凍裂の発現機構が屈んだときにズボンやパンツが破れるのと同じ原理で割裂していたと仮定すると、一方向だけでなく複数方向の引張応力も考慮すべきであろう。今後は平面上ではなく立体上で応力を検討することによって、凍裂の発現機構解明に近づくのではないかと期待している。
また、厳寒地域の木造建築物への影響を鑑みると、凍裂は樹木だけ起こりうる現象なのかについても検討する必要があるのかもしれない。