はじめに

普段は黒子として表舞台にはなかなか出てこない、半導体商社の営業マンがどのような一日を過ごし、何に苦労し、何に悩み、何に喜びを覚えて成長していくのかを記してみたいと思います。

普段はあまり表に出てこないだけに、なかなか知ることが難しいと思いますが、みんな新人からスタートし、苦しみながらも成長していきます。半導体商社の営業マンというポジションの認知度が上がり、半導体商社を目指してくれる学生が一人でも増えることに繋がればうれしく思います。

半導体商社マンの1日

半導体商社マンは1日何をして過ごしているのかを記してみたいと思います。当然ながらどのお客様を担当するのか? 担当する半導体メーカーはどこなのか? 勤務地はどこなのか? にもよって変わってきます。

まず大きく区別されるのは、取り扱いメーカーを1つに固定するかたちと、商材をすべて扱うマルチと呼ばれるかたちがあることです。

取り扱いメーカーを1つに固定する場合は、そこから販売する顧客が1社の場合と、複数の顧客の場合に別れます。取り扱いメーカーが1つで、販売先が1社の場合は、金額の大きい大手ユーザーを担当する場合です。逆にマルチの取り扱いで、販売先も複数の場合が小規模の顧客と言うことになります。大手ユーザーの場合は金額も大きく、さまざまな動きがあり、半導体メーカーの注目度も高いことが魅力になります。一方でマルチの場合は、顧客規模が小さいが故に顧客から頼られることが多く、その分やりがいにつながります。同時に、取り扱いメーカーが多岐に渡るため専門性を高めることは難しいものの、幅広い知識を得ることが可能で、顧客への提案も複数メーカーを持っていることが強みになります。どちらが良いかとは言えませんが、できることであれば両方を経験してもらいたいと個人的には考えております。

大手ユーザーを担当し、朝から打ち合わせがある場合は、事務所には寄らず直行で行くことも多くなります。東京エリアの場合は電車での移動も多いのですが、東京以外は車での営業が多くなります。社有車を前日に持ち帰り、翌日使用するための許可申請を会社に出し、自宅に帰ります。

顧客に対する仕事の内容はさまざまです。代表的なものは売り込みです。半導体業界では、顧客が新規設計する回路図に、自社が扱う製品の採用を決めてもらう必要があります。この採用が決まることをデザイン・インと呼びます。

大手顧客の場合は、どこの商社が製品を納入するのか商流が決まっていることが多いため、一旦デザイン・インとなれば、この先はほぼ自社から購入してもらうこととなります。その過程の中で価格の調整も必要になってきます。顧客が開発している製品の中でも、数量が多いものの場合、他の商社マンみんなが狙ってきます。そのような中で自分が紹介した製品が採用されることは、半導体商社マンの醍醐味の1つであることは間違いありません。

1つだけ残念なことは、このデザイン・インから実際に量産となり、オーダーをもらうまでにはかなりの時差があります。短くても半年、長いと3年後になります。そのため、頑張ってデザイン・インはしても、量産になったころにはすでに部署異動などで担当外となっており、自分の売り上げにはならないということが良く起こります。まあ、これはお互い様とも言えるのですが、このあたりは密かに半導体商社マンの運を試されるところとも言えるかもしれません。

今まで述べた内容は前向きで楽しいことですが、もう1つの大きな仕事は納期調整です。半導体は非常に小さい製品で、大手顧客の場合は、自社が取り扱っている製品のかなりの数を購入してもらっています。その中でも代表的な製品に関しては、顧客と定期的な打ち合わせの場を持ち、納期調整を行うことになります。

まず、お客様からは今後発注見込みであるフォーキャストの数値情報をもらいます。そして、半導体商社はこれらの情報をもとに、現状の在庫数量や標準リードタイムなども考慮し、どのタイミングで発注するかを決めます。実際に発注したものが予定通りに入らず、納期が遅れたりすると問題になります。

この納期問題に関して、今回はもう少し詳しくご説明いたします。例えば、ある製品の納期遅れを起こしたとします。実際はこれだけでは問題にはなりません。問題になるのは、その部品を搭載する顧客製品の全部品の中で、一番納期が遅れてしまう場合なのです。つまりアンカーになってしまうと、納期を速やかに繰り上げるようにバイヤーから強く依頼が入ります。顧客にもその先に顧客があるため、当然交渉は真剣です。半導体商社で解決できない納期問題になると、半導体メーカーも交えてやり合うことになります。問題が速やかに解決すれば良いのですが、状況が不明確なまま、もしくはまったく改善されないまま長期化していくと半導体商社マンに非常に負担がかかります。当然、上司を交えた話ですので、1人だけの戦いになることはまずないのですが、納期問題は避けて通れない道です。

このような仕事を顧客に対して行っています。社内ではだいたい月1回の営業会議があり、顧客状況の報告や、先月の受注・売上・粗利益などの報告を行い、社内共有します。また、仕入先との会議も月1回ほどあり、こちらは今後の金額見込みや、NBO(ニュー・ビジネス・オポチュニティ)と呼ばれる、先ほど説明したデザイン・インできそうな案件がどのくらいあるのか? その確度はどうか? 次月の活動内容はどうか? など、かなり厳しく問われることもあります。

何に苦労し、何に悩んでいるのか?

これは半導体商社業界共通の悩みなのですが、我々半導体商社のアピール不足により、学生が業種として商社に入りたいとは思っても、初めから半導体商社に入りたいと思って就職活動をする人がほとんどいないということです。そのため、事前に業界に対する研究ができていません。当然、電子工学を専攻した学生以外は、半導体の中身も良く分からないままに入社することになります。そのため、まずは半導体を理解するところでみんなつまずきます。そして、これまた良くないことに、半導体の種類は非常に多岐に渡っているために、各社が自社で内製化した研修が組みづらいのが現状です。

みんな最初は新人だった、半導体商社マンの成長記

それでも、先輩に聞いたり、実際の営業現場でお客様に教えてもらったりしているうちに、何とか一人前になっていきます。それまでには、実にさまざまな悔しい想い、恥ずかしい想いをします。

私も、新人時代は、普段は出ないところから汗が伝っていったことを今でもよく覚えています。3年くらいすれば、ようやくおおよそのことが理解できるようになります。初めのうちはすべてが分からなすぎて、質問をしなさいと言われても、質問ができないのです。3年くらいすると、ようやく手を上げて質問ができるようになります。これが、一人前の証と言っても良いのかもしれません。石の上にも3年という言葉は、半導体商社マンには合っているようです。ここを超えられずに辞めていった半導体商社マンを何人も見てきました。

3年以内に半導体をそれなりに理解できた場合と、そうでない場合のその後の差が非常に大きくなります。いかに初めの段階で最低限理解するために必要な考え方や知識を吸収できるかが大きな課題です。

解決すべき業界の課題

半導体商社を横断的にカバーする組織として、一般社団法人日本半導体商社協会(DAFS)があります。DAFSは半導体商社マン向けに基礎的な研修を企画しており、毎年多くの新入社員が受講しています。半導体に関する研修や業界全体で通用する資格試験制度の構築などは、半導体商社各社がDAFSと協力して今後解決していかなければならないテーマとなります。

もう1つ、長年半導体商社業界を見ていて感じることは、半導体商社の付加価値を生み出す余地の問題です。大手の外資半導体メーカーを中心に、自社での販売体制を強化しています。大きなビジネスに対しては、価格決定に関しても商社が主体的に決定できなくなりつつあります。こういった状況の中で、半導体商社で働く社員に対して、どのようにやりがいを持ってもらい、自社への将来性を感じてもらうかは大きなテーマとなっています。こちらは会社の大小の問題ではなく、業界全体の問題だと私は感じています。大切なのはお客様が何を求めているかだと思います。顧客のニーズを丁寧に探すことで、自社にしかできない付加価値を見つけ、磨き、極めていくことで、明るい未来が見えてくるものだと考えています。

もう1つのテーマは半導体業界特有の景気サイクルの乱高下です。どの業界でも景気サイクルがあるのは共通です。しかし半導体の場合は、その振れ幅が非常に大きいことが特徴です。このことは最近の半導体の不足からもお分かりいただけるかと思います。

半導体の需要が上がれば、当然、売り上げも上がりますので、非常にうれしいのですが、その反面で、処理件数が急増します。また、納期問題が頻発します。これらの対応に、非常に工数が取られるわけです。半導体商社各社共通して言えるのは、半導体景気のピークに合わせて人員配置はしていません。2019年度のように米中貿易摩擦などの需要低減期も良くあるので、良くて真ん中、通常ですと真ん中より少し下に人員配置をしています。そのため、今回のようにピークが長期に渡ってくると、当然人員の増強はするものの、そのペースには追い付かず、既存の社員が非常に厳しい局面を経験することになります。これは半導体営業マンも社内を守っているメンバーも共に経験します。大抵は徐々にたくましくなっていき、自分なりのやり方を見つけていくものなのですが、ここでも離脱していく人もいるのが現実です。何とかしなければいけない部分です。

半導体商社マンにこそ、リベラルアーツを

ここ最近で、どの半導体商社も世の中の水準以上の働きやすさになったと思います。

今回のコロナ禍では、ほとんどの会社が在宅勤務を取り入れ、今でも週の大半を在宅勤務としている会社が多いようです。それでも、多くの会社の社内アンケート回答で上位に出てくるテーマは、体系的な教育制度に対する不満のようです。

半導体という製品の特性上、狭く絞った講義がしづらい関係で、各社教育には苦労しています。もちろんここで言う教育制度とは、半導体だけの話ではないかと思います。先に述べたように、これからの半導体商社を支えていく社員に求められる内容は、半導体商社の付加価値を大きく上げていくことです。さまざまな制約がある中ではありますが、決してやり方がないとは思いません。そこに気が付き、思い切って取り組みを実践し、継続することができるかだと思います。

人類が直面する問題は、過去の人類がすでに経験しているとよく言われます。まずは歴史を学ぶべきだと思います。そして、自由な発想力を獲得するには、自分の頭の中にある既存の偏った知識や考えだけでは物足りないです。むしろ、今まで活用していなかった、自分の脳細胞を活性化させるためのさまざまな刺激のインプットが必要なのではと考えています。リベラルアーツ教育とは、世の中ですでに起こったことや、今起こっていることを広く学び、これからの不確実な未来を生き抜く力を授けてくれるものと言えます。現在の常識を疑い、現在の自分を疑い、何ができるのか? そして、この先何が必要になっていくのかを考えていく必要があります。半導体商社マンにこそリベラルアーツに真剣に取り組んでもらいたいと思っています。

ひとつ物を知ることは他への興味に繋がります。そして、知ることが増えてくることは、何かを考える時に参照する引き出しが増えるということです。参照する引き出しが増えれば、より付加価値のあるアクションができる可能性が上がります。その結果イノベーションにつながるのではないかと思っています。近い将来には半導体商社が今とは違った姿で、大いに活躍をしていることを期待しています。