東京大学(東大)、工学院大学、国立天文台(NAOJ)、計算基礎科学連携拠点の4者は2月22日、東アジアVLBI観測網(EAVN)による波長1.3cmと7mm帯の電波観測データから、天の川銀河中心の大質量ブラックホール「いて座A*(エースター)」の降着円盤に高いエネルギーの非熱的電子が含まれていること、しかもその回転軸(もしくは微弱なジェットの噴出方向)がほぼ地球に向いている可能性があることも明らかにしたと発表した。
同成果は、スペイン・アンダルシア天体物理研究所のチョウ・イルジェ氏が率いる世界の17の研究機関・大学の60名以上の研究者が参加する国際共同研究チームによるもの。日本からは、東大 宇宙線研究所(ICRR)の川島朋尚特任研究員(ICRRフェロー)、工学院大 工学部の紀基樹講師、NAOJ 水沢VLBI観測所の秦和弘助教らが参加した。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。
天の川銀河中心に位置する電波源「いて座A*」は、地球から約2万6000光年と近く、太陽の約400万倍の質量を持つ大質量ブラックホールと考えられていることから、大質量ブラックホールの性質を調べるのに最適の天体とされる。ただし、電波での観測が可能ながら、濃い星間ガスに散乱されてしまい画像がぼやけてしまうことが問題となっていた。
そこで研究チームは今回、過去の観測データに基づく星間散乱モデルを考慮し、EAVNによる電波観測画像を注意深く補正することで、いて座A本来の構造を求めることにしたという。その結果、波長1.3cm帯と7mm帯のどちらでも、その固有形状はほぼ円形であることが判明。また、補正する前のいて座Aの形状は東西方向により細長く、その伸びのほとんどが星間散乱の影響によるものであることも明らかにされた。
EAVNは、日本11台、韓国4台、中国6台の計21台の電波望遠鏡で構成されており、今回の研究にはそのうちの18台が参加し、10台が波長1.3cm(22GHz)帯を、8台が波長7mm(43GHz)帯を担当。観測自体は2017年4月に実施された。
同じく2017年4月に実施されたオランダのラドバウド大学のサラ・イッサオウン氏らによる3mm帯での観測データと組み合わせることで、いて座A*固有の大きさ・明るさと観測波長との関係が判明。時間差2日以内というほぼ同時期のVLBI観測データでこの関係を得たのは初めてのことだという。
より短い波長でも同じ関係があると仮定すると、波長1.3mm帯におけるいて座Aの大きさと明るさを予測することも可能であるとのことで、このことからEAVNの観測結果は、波長1.3mm帯によるいて座Aのブラックホールシャドウの撮影を目指すEHT2017のデータ解析に貢献するものだとしている。
今回、NAOJシミュレーションプロジェクトの天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイII」を用いて、いて座Aの降着円盤における理論計算を担当した東大 ICRRの川島特任研究員は、「観測によるいて座Aの固有サイズと降着円盤の理論シミュレーションと比較すると、大質量ブラックホールへのガス降着流には相対論的エネルギーまで加速された非熱的電子が含まれていることが示唆されます。ほぼ円形の形状からは、ガス降着流の回転軸がほぼこちらに向いていると考えられます。今後の非熱的電子の加速に関する研究の発展を通じて、銀河中心領域で観測されるガンマ線の放射源や、さらには宇宙線の加速源の理解にもつながっていくかもしれません」とコメントしている。
なお、いて座A*の電波放射は、降着流とジェットのどちらから来ているのかという疑問については、長らく議論が続けられている。今回の研究によって降着流シナリオについての理解が進展したが、ジェットシナリオでも観測結果を説明することが可能であることから、EAVNの活動銀河核サイエンスワーキンググループのコーディネーターを務める工学院大の紀講師は、「シナリオを絞り込むためには、EAVNの2周波数同時受信機による今後の観測が鍵のひとつとなるでしょう」と述べている。
また、EHTコラボレーションの多波長観測ワーキンググループのコーディネーターを務めるNAOJ 水沢VLBI観測所の秦助教は、「今回の研究成果は波長1.3mm帯でブラックホールシャドウの初撮影を目指すEHTにとっても大きな弾みとなる成果です。EHTによるいて座A*の観測成果も楽しみに待っていてほしい」とコメントしている。