浜松医科大学(浜松医大)と日本医療研究開発機構は2月18日、自閉スペクトラム症(ASD)患者の脳内において神経伝達物質「ドーパミン」の5つある受容体のうち「D2およびD3」が減少しており、それがASDの中核症状である社会的コミュニケーションの困難さや、ASDに特徴的とされる脳部位間の機能的な結びつきに関与していることを見出したと発表した。

同成果は、浜松医大 精神医学講座の村山千尋医師、同・山末英典教授、同大学 子どものこころの発達研究センターの岩渕俊樹特任助教、同大学 光尖端医学教育研究センター 生体機能イメージング研究室の尾内康臣教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の分子精神医学を扱う学術誌「Molecular Psychiatry」に掲載された。

ASDは、一般人口の54人に1人の割合で認められる頻度の高い発達障害で、社会的コミュニケーションの困難さを特徴の1つとするが、それを説明する仮説に「社会的動機付け仮説」がある。同仮説によると、ほかの物よりも人の顔に自然と注意が向く、対人交流に喜びを見出すなどといった傾向が弱いとされており、実際、社会的な場面を好む傾向に関与する脳部位の活動性を調べた先行研究では、ASDに関連した多数の機能変化が報告されていたという。

こうした背景から、今回研究チームが注目することにしたのが、注意や喜びに関連することで知られる神経伝達物質「ドーパミン」で、その受容体は5種類あり、D1(D1、D5)とD2(D2、D3、D4)の2グループに大別される。これまで、D2受容体グループの分布に関する変化については、大脳基底核の一部である「線条体」以外では調べられていなかったという。またASDに関連して、脳部位間の機能的な結びつきのパターンに変化があることが多数報告されていたが、その分子的メカニズムはわかっていなかったとする。

そこで今回の研究では、ASDに関連して脳内のドーパミンD2受容体グループの分布に変化があり、そのことが社会的コミュニケーションの困難さや脳部位間の機能的な結びつきの変化に関連していると考察。ドーパミンD2受容体グループの中で多数を占めるD2およびD3受容体について調べることにしたという。

具体的には、ASD患者22名と定型的な発達を示す24名を対象に、PETとMRIの撮像を実施。線条体以外で、ドーパミンD2/3受容体の豊富な脳部位で、かつドーパミン投射系の主要な経路である、「黒質」、「腹側被蓋野」、「扁桃体」、「背側および吻側前部帯状回」、「視床」の5つの亜区域の計10領域のドーパミンD2/3受容体への変化が調査された。

  • 自閉スペクトラム症

    ドーパミンD2/3受容体結合能のPET画像と測定領域の例 (出所:浜松医大プレスリリースPDF)

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    視床の5つの亜区域 (出所:浜松医大プレスリリースPDF)

その結果、定型的な発達者と比べてASD患者は、ドーパミンD2/3受容体が元来豊富な脳領域全般にわたってその減少が認められたという。特に、視床、前部帯状回、扁桃体では、減少の程度を表す効果量が比較的大きいことが判明した。社会的な場面を好まない背景として、これらの脳領域の機能変化が認められることを根拠としてきた社会的動機付け仮説に、その分子的メカニズムが示された形だという。

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    PETで測定された領域におけるドーパミンD2/3受容体結合能の低下 (出所:浜松医大プレスリリースPDF)

また、視床の亜区域の中でもものよりも人の顔に対して反射的に視線が向きやすいといった視覚的な社会的注意に関係すると考えられている脳領域である「視床枕」に相当する視床後部領域で減少の効果量が最大だったという。さらにASD患者では、視床後部領域のドーパミンD2/3受容体の減少が社会的コミュニケーションの困難さと相関していることも確認されたとする。

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    視床枕に相当する視床後部領域でのドーパミンD2/3受容体結合能と、社会的コミュニケーションの困難さの相関関係 (出所:浜松医大プレスリリースPDF)

さらに、安静時の脳領域間の機能的な結びつきを調べるMRI解析から、脳内ドーパミンD2/3受容体の減少と脳の機能的な結びつきの強さとの相関が、ASDと定型的な発達者で逆になっている神経経路が4つ発見され、その中には、社会行動を制御することで知られる、視覚による社会情報を処理する上側頭溝と視床とのネットワークも含まれていたという。この経路では、ASDに関連した機能的な結びつきの変化がすでに報告されているという。 これらの結果は、脳内のドーパミンD2/3受容体の減少が、ASDと診断される方に見受けられる社会的コミュニケーションの困難さや社会脳ネットワークの変化に関わることを示すものであり、研究チームでは、脳内でドーパミンD2/3受容体を調整する薬によって、社会的コミュニケーションの困難さを改善する新しい治療法の開発につながることが期待されるとしている。

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    (A)脳内ドーパミンD2/3受容体結合能と脳部位間の機能的な結びつきの強さの相関関係が、ASD患者と定型的な発達者で逆になっている4つの神経経路。(B)その脳内での位置 (出所:浜松医大プレスリリースPDF)