メスのマウスが孤独を感じ、仲間を求めるための神経の仕組みを発見した、と理化学研究所などの研究グループが発表した。群れで暮らし、子育ても共同で行うタイプの哺乳動物が持つ、高度な社会性の解明につながる成果。人間の孤独や社会性の理解も進む可能性があるという。
研究グループは、子育てに関わる脳の働きの解明を目指している。これまでの研究で、メスのマウスの生殖ホルモンが働くと、脳の子育てに重要な部位で「カルシトニン受容体」が増えることを発見。また、これによってこの部位の神経細胞が活発になり、危険を冒しても子を守るなど、子育ての意欲が生じることを明らかにしている。
カルシトニン受容体は、脳ではホルモンの一種「アミリン」が結合し活性化する。研究グループは、群れのメスを1匹にすると、アミリンがほとんど作られなくなることを発見。さらに、マウスの社会性に関するこうした脳内の働きを解明しようと、一連の多くの実験を行った。
まず、メス4~5匹の集団から1匹だけ別のケージに引き離したり、他のマウスを出して1匹をケージに残したりした。すると隔離されたマウスでは、アミリンを作る神経細胞「アミリン細胞」が2日で半減し、6日でほぼゼロになった。完全に孤立させず柵越しに仲間が見えるようにしても、アミリン細胞の減り方は同じだった。つまり、アミリン細胞の維持には、仲間のにおいをかぎ、姿を見るだけでなく、身体の十分な触れ合いが必要であることが分かった。
隔離されたマウスは、柵の下を掘ったり周辺を調べたりした。柵越しに仲間が見える状態だと、柵をかむ時間が、仲間がいない完全隔離の場合の5.2倍長かった。柵をかむのは仲間と一緒になろうとする行動で、仲間が見えるとその意欲が高まると考えられた。
隔離の2日後、自由に行き来できるようにすると、隔離されていたマウスは積極的に他のマウスのにおいを嗅いだり触れ合ったりし、集団で寝るようになった。アミリン細胞が再び活発になっており、アミリンの量が維持されたと考えられる。
カルシトニン受容体を作る神経細胞は、アミリンを脳の子育てに重要な部位に投与した時や、隔離されたメスを仲間と再会させた時に活性化した。
夜行性であるマウスの集団に夜間に強い光を当て、互いに身を寄せ合い警戒させた。すると、脳の不安や恐怖に反応する部位が活性化するものの、子育てに重要な部位を含む領域は活性化しなかった。このことから、この部位の活性化には、触れ合いが親和的なものである必要があると考えられる。
遺伝学的手法でアミリン細胞を活性化したマウスは、普通のマウスに比べ、隔離時に柵をかむ行動が4.7倍に増加。逆にアミリンを作れなくしたマウスは、柵をかむのが26%に減少。脳の関係部分のカルシトニン受容体を約30%に減らしたマウスも、柵をかむのが半分以下になった。
一連の実験結果から、孤独を感じて仲間と一緒にいようとするメスの親和的な社会行動は、アミリンとカルシトニン受容体の結合が制御していることを突き止めた。社会性を持つ動物が孤独を感じ、仲間を求める脳の仕組みの一端を解明した。
研究グループの理研脳神経科学研究センター親和性社会行動研究チームの黒田公美チームリーダーは「母マウスは誰の子にも授乳して共同で子を育てる。共同で子を成長させるため、子育て中にアミリンが増え、大人同士の接触が増えると考えれば理に適う。ダーウィンらは、共感や利他などの親和的社会性が子育てから進化したと推測している。今回の成果は、こうした古くからの仮説に物質的根拠を与えた」と述べている。なおオスのマウスは、このような親和的社会性に乏しいという。
研究グループはヒトと同じ霊長類のマーモセットで、脳内にメスのマウスと同様の仕組みが存在し、子育てや社会性に関係しているかどうかを調べている。将来的には、人間の社会性や、鬱(うつ)や依存症、健康悪化にもつながる孤独の仕組みの理解につながる可能性もあるという。
研究グループは理化学研究所、日本獣医生命科学大学で構成。成果は英科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ」に8日掲載され、理研と日本医療研究開発機構(AMED)が発表した。
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