384,400km。

1969年、水の惑星「地球」を飛び出し、あまつさえ、水素原子1つにすら出会うことが困難である宇宙空間を進み、たどり着いた地球から月までの距離である。

貪欲なまでの探究心と人類未踏の地に足を踏み入れたいという沸き立つ心を推進力に、アポロ11号はニール・アームストロング氏とバズ・オルドリン氏の二人の地球人を月へと送り込んだ。

そこから半世紀以上が経ち、宇宙進出は地球圏近傍にとどまっているが、すでに私達の生活は宇宙開発ありきな状態だ。今日のグローバリゼーションは宇宙空間に張り巡らされた人工衛星のネットワークなしには成立しないことを考えるとお分かりいただけるだろう。

そんな宇宙開発に関する興味深い話題を紹介する。それは京都大学と住友林業が、世界初となる木造人工衛星の開発を進めているということだ。

「宇宙における樹木育成・木材利用に関する基礎的研究」に共同であたる研究契約を締結し、「宇宙木材プロジェクト(通称:LignoStella Project)」を始動し、2023年に木造人工衛星(LignoSat)を打ち上げ、そこから2024年3月31日まで宇宙環境下での木材物性評価や樹木育成研究を行うことを目指している。

国際宇宙ステーション(ISS)がある地上約400kmは地球低軌道(LEO)と呼ばれ、高真空(10-11気圧)なだけでなく、銀河宇宙線(GCR)、太陽エネルギー粒子(SEP)、真空紫外線(VUV)や原子状酸素(AO)などの材料を劣化させるさまざまな要因が存在する。

そんな厳しい極限環境下のなかで、LEOでの木造人工衛星が物理的に実現可能なのかを検討するため、実際に宇宙空間に木材を暴露して、宇宙線や原子状酸素の影響を確認するという。

  • ISSでの暴露実験を計画している木材試験体(右)とサンプルパネル(左):茶色いフィルムは原子状酸素(AO)評価用のポリイミド樹脂シート

    ISSでの暴露実験を計画している木材試験体(右)とサンプルパネル(左):茶色いフィルムは原子状酸素(AO)評価用のポリイミド樹脂シート(出典:京都大学)

実験では、数種類の木材サンプルをISSの日本実験棟「きぼう」にて、日本実験棟の船外暴露プラットフォーム上で暴露試験を行う。

約半年後、暴露試験体を回収し地上での物性試験や顕微鏡での組織観察、X線による結晶構造の解析などを行い、宇宙暴露が木材の物性や組織・結晶構造にどのような影響を与えるのか検証し、木材劣化の有無と、そのメカニズムの解明に取り組むとしている。

得られた知見から木材の劣化予測やその対策につなげ、木材が宇宙機の材料として利用可能かどうかを確認するという。

  • ISS船外暴露プラットフォーム(左)の簡易船外暴露実験(ExBas:右)

    ISS船外暴露プラットフォーム(左)の簡易船外暴露実験(ExBas:右)(出典:京都大学 宇宙ステーションでの木材の宇宙暴露実験の実施)

長い歳月にわたり宇宙機開発に木材が登場することはなく、その可能性すら検討されていたかどうか不明だ。

そんな状況を打破する同実験は木材利用の可能性を広げる新たな活路となるだろう。

宇宙のような極限環境下での木材の物性変化を明らかにすることは、木材劣化のメカニズム解明に大きく寄与し、さらにその結果は、新しい木材の劣化抑制技術開発にもつながる可能性も秘めている。

宇宙空間への木材利用に緒に就く大きな一歩である同様の取り組みは、今後ますます進んでいくことだろう。実際、大手ハウスメーカーであるミサワホームも、JAXAの「宇宙探査イノベーションハブ」が実施した研究提案募集に採択され、宇宙空間の拠点開発に取り組んでいる。

南極昭和基地の建造に一役買っているミサワホームは優れた技術を要しており、宇宙探索活動の有人拠点として木材が利用される可能性もある。

人類の活動拠点拡大に向けた動きが活況を呈するなか、宇宙空間への木材利用にも目が離せない。

文中注釈

※:LignoStella(リグノステラ)は、Ligno(木)と Stella(星)からなる造語で同プロジェクトにて命名。