「組織の“言動一致”を構造化し、未来設計をすることで強い意識をつくる」――自身の活動をそう表現する田中安人氏。これまでに多くの企業や組織のマーケティングコンサルティングで実績を上げ、現在はグリッド CEO、吉野家CMO、公益財団法人日本スポーツ協会ブランド戦略委員会委員を務め、活躍の場を広げている。

そんな同氏が、1月27日にオンライン開催された「ビジネス・フォーラム事務局×TECH+フォーラム Marketing Day 2022 Jan. 顧客起点にビジネスを構築するマーケティング経営」に登壇。「顧客起点のマーケティング経営 ~実践的マーケティング戦略思考~」と題して、マーケティングに対する考えやパーパスドリブンについて講演した。

マーケティングは「企業起点」から「顧客起点」にシフト

田中氏は冒頭、講演のキーワードとして“言動一致”を挙げた。「言っていることとやっていることが一致している人が信頼できるのと同じように、今のような混迷の時代においては、組織にも“言動一致”が求められている」と述べた上で、マーケティングに対する考え方へと話を展開した。

そもそも、マーケティングとは何か。田中氏は「人の心を動かし、組織を動かし、市場を動かすこと」と定義し、自身が務めるCMOという役職は「部署ごとに存在するさまざまなマーケティングの要素を横断的に統合して、動かしていく立場」であるという。

かつて商品や情報が少ない高度成長期のマーケティングは「企業起点」で物語をつくるやり方だった。しかし、現在は顧客目線で発想し、顧客と一緒につくることでファン化させ、口コミしたくなるようなサービスや企業理念を作る「顧客起点」によるナラティブなやり方にシフトしている。マーケティングは、企業から一方的に伝える時代とは大きく変わってきているというわけだ。

次に田中氏が提示したのが「パーパスドリブン」である。ここで言うパーパスとは「存在意義」を意味する。同氏は、「自分の会社や組織は社会から存在を認められているのか」「会社や組織が世界でなくてはならない理由は何か」を常に考えるべきだと説く。

そこで一助となるのがサイモン・シネック(SIMON SINEK)氏が提唱する理論「ゴールデンサークル」だ。これは円(サークル)の内側から外側に向かって、なぜそれをするのか(Why)、どうやってそれをするのか(How)、何をするのか(What)の順に考える仕組みで、この構造を意識して作られたプロダクトやサービスは世の中に普及しやすいと言われている。

「支持される物事はWhyから始まっています。Whyとして“我々のすることが世界を変えるという信念”を持って、Howとして“全ての製品を美しくシンプルにデザインし、誰でも使いやすいユーザーフレンドリーなものにする”ことを意識して生まれたのが、iPhone、iPadです」(田中氏)

  • ゴールデンサークルの構造イメージ

フレームワークで、マーケティングを追求

田中氏は次に、自身が考案し、15年来パーパスを研究する際に使用してきたという「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)フレームワーク」を提示。ミッションは「オリジナルの存在意義」、ビジョンは「ワクワクする未来」、バリューは「企業固有の価値観・行動パターン」だとした上で、ゴールデンサークルのWhyに通じる部分として、「ミッションはオリジナルであることが重要だ」と強調する。ものが売れた高度成長期時代には自然に成立していたMVVが、現在では形成されづらいため、「リーダーがこれを考えないといけない」(田中氏)のだ。

リーダーはワクワクする未来をカラーで描き、経営者の評価基準であるバリューを決める。評価される行動が明確になることで、目標が実現し、新たなビジョンにつながっていくこのフレームワークにおいて、田中氏は「パーパスは航海図」だと説明する。

「(航海をする上で)一番大切なのは行先(ビジョン)です。企業に例えると、優秀な人がどんどん集まるような豪華客船であっても、行先がなければ人は乗りません」(田中氏)

  • 田中氏のマーケティング理論を示すMVVフレームワーク

リーダーだけでなく、全社員がマーケティング思考になるためにはMVVをさらに落とし込んでいく必要がある。そこで使用するのが、同じく田中氏が考案した「9box」だ。9つの項目に沿って、ビジョン達成のための5つのクライテリア(判定条件)を満たしているかを確認していく。

クライテリア1では「ビジョンの強度」を確かめ、クライテリア2は「プロセスの一貫性」として戦略と戦術がビジョンに沿っているかどうかを見る。また、クライテリア3の「浸透の一貫性」では行動で文化をつくり出せているか、クライテリア4「制度設計の一貫性」は組織と制度がきちんと整備されているかをチェックする。そして、クライテリア5「ストーリーの一貫性」で見るのは、マーケティングとコミュニケーションが正しく機能しているかどうかだ。

「従業員全員がこれを理解すれば、同じビジョンに向かって行動していくことができます」(田中氏)

  • ビジョンを筆頭に、9つの項目で捉える9box