新型コロナウイルスの感染拡大が始まった時、この脅威がこんなにも長く私たちの生活に影響を及ぼすと予測できた人は少なかったと思います。世界の多くの都市ではロックダウンが、日本では緊急事態宣言が発令され、働き方は大きく変化しました。
この大きな変化のなか、人々の価値観も変わりつつあり、欧米で注目された社会現象が「The Great Resignation(大退職時代)」です。経済活動の回復と長引くテレワーク生活に伴い、働く人々の志向が変化したことで、離職をする人が急増しているのです。
Citrixが2020年、雇用主が取るべき行動に関する従業員の意見をまとめた資料「Talent Accelerator」を発表した際、CMOのTim Minahanは、「経済が再び回復し、雇用市場が回復し始めると、新しい仕事を探す人たちが急増する可能性があります。しかし、パンデミックは従業員の仕事に対する見解や取り組み方を一変させました。企業が明日に向かって前進するために必要な人材を惹き付けて引き止めたいと考えるのであれば、自社のマインドセットや要望を理解し、今すぐ対応の計画を立てる必要があります」と述べましたが、コロナ禍が2年を経た今、その予測は当たりつつあります。
日本の経済が正常に回復したとき、欧米同様の大退職時代が訪れるかはわかりません。しかし、日本ではコロナ前から転職者数の増加が続き、IT人材獲得の需要も高まりを見せています。また、総務省の「労働力調査」の結果をみると、経済状況を考慮してか、実際の転職者数は増えていないものの、転職希望者数は増えています。
米国に拠点を置く既存大手企業および中堅企業に属する2,000人のナレッジワーカーと500人の人事部門責任者を対象に行われた2020年の調査「Talent Accelerator」とさまざまな調査をヒントに、日本でも起こりうる大退職時代に向けて企業はどのように備えればよいか、考えてみます。
働く場所に選択肢を与える
従業員はこれまで以上に、働く場所、時間、働き方に柔軟性を望んでいます。実際、「Talent Accelerator」で調査対象となった労働者の88%が、「新しい仕事を探す際には時間と場所が完全に柔軟であるものを探す」と回答しています。また、回答者の76%は、「たとえ賃金の引き下げがあったとしても、仕事のしやすさよりもライフスタイルが優先される傾向が高いだろう」と考えています。
また、CitrixがSNSでの調査で「2022年どのように働きたいか?」という質問を投げかけた際は、フルリモートを希望する人の割合が45%、ハイブリッドは44%、フルタイムでオフィス勤務を希望する人が8%といった結果になっています。
しかし、日本生産性協会の最新調査によると、日本のテレワーク実施率は極めて低く、2022年1月の時点では18.5%と2020年5月以降の最低値を記録しています。また、労働者の間で聞かれる懸念点の中でも大きな課題の一つが、「仕事の成果が評価されているか不安」ということです。
しかし、パーソル総合研究所が出した調査結果によると、テレワークを続けたいと答えた人の割合は2021年7月時点で78.6%と高く、人々はテレワークをするために適切な環境を求めていることがうかがえます。
仕事量よりも成果主義に
多くの人が在宅勤務を希望しているにもかかわらず、適切な評価がされないことを恐れ、オフィス勤務をしている場合、従業員の仕事に対する満足度は低くなってしまいます。貴重な人材に長く働き続けてもらい、優秀な労働力を確保するには、生産性を含む成果の測定方法を再考する必要があります。
オフィス外では生産的な仕事はできないという従来の指標のままでは、会社は立ちゆかなくなっていきます。「Talent Accelerator」によれば、従業員の86%が「仕事量よりも成果を優先する会社で働きたい」と回答している一方で、「自社でこうした活動ができている」と回答した人事部門責任者は69%のみと、理想と現実の乖離が見られます。
また、長期的な雇用を軸に人に仕事を与える「メンバーシップ型」に加え、仕事に人をつける「ジョブ型雇用」も注目され始めたように、日本の雇用システムが見直されつつあります。雇用がジョブ型に移行することは、個々の業務成果が明確に評価へ直結することになり、職場の評価システムの再考も促します。この動きが進めば、テレワークでも仕事の成果で評価されるシステムが構築され、テレワーク導入の壁が一つ取り除かれるでしょう。
人材の育成
パンデミックは、私たちの生活や働き方そのものを覆しました。顧客の好みやニーズの変化に対応する新たなビジネスが生まれています。この流れに乗り遅れないようにするには、スキルアップや再教育が重要な要素になります。「Talent Accelerator」は以下のことを明らかにしました。
従業員の82%と人事部門責任者の62%が、「グローバルな雇用市場で競争上の優位性を維持するために、従業員は現在のスキルを磨くか、最低でも年に1回は新しいスキルを習得する必要があると考えている」と回答
「組織が最新の共同技術を整え、アジャイル学習を可能にすることが、最高の人材を採用して流出させないための最も重要な要素である」という人事部門責任者の考えを88%の従業員が支持し、「新しいポジションを探す際にはこの要素を期待する」と回答
特に、DX(デジタルトランスフォメーション)が進むにつれ、不足が懸念されるIT人材はこの兆候が顕著に表れています。2020年に、日本の正社員2500人を調査対象に行われた、パーソル総合研究所のITエンジニアの就業意識に関する調査結果では、他の職種が36.8%のところ、ITエンジニアの46.5%が「自分の技術やスキルがいつまで通用するか不安だ」と答え、エンジニアは他の職種よりもスキル成長の機会を会社に求めていることがうかがえます。また、レポート内でも「企業としてはITエンジニアが技術やスキルを研鑽する機会を積極的に提供すべきと考えられる」とまとめられています。
そして、同調査ではITエンジニアの入社理由ランキングも明らかにしており、2位は「成⻑できる環境だと感じたから」で40.4%と、ITエンジニアの学習・成⻑意欲の高さがうかがえる結果になっています。
大転職時代でも、優秀な人材を維持し確保できる企業に
多くの人々が転職を考える今、変化の波に乗り遅れず重要な人材を社内に引きつけ続けることが重要です。そのためには、景気の回復を待たずとも、企業は人材争奪戦に備える必要があります。
本稿で例示した調査において明らかになった従業員のニーズ、「柔軟性のある働き方の提供」、「正しい人事評価」そして「人材育成」の3つに重点を置き、戦略的に人材戦略を立てる必要があるでしょう。