千葉工業大学(千葉工大)は2月14日、エジプト考古学博物館に保管されている「ツタンカーメンの鉄剣」に対し、非破壊・非接触による化学分析を行った結果、同鉄剣の原材料は2種類の隕石であり、低温鍛造により製造され、エジプト国外から持ち込まれた可能性があることを明らかにしたと発表した。
同成果は、千葉工大 地球学研究センターおよび同・惑星探査研究センターの松井孝典所長(千葉工大学長兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、「Meteoritics and Planetary Science」にオンライン掲載された。
鉄は紀元前1400~1200年頃に栄えたヒッタイト帝国がその製造技術を独占することで軍事的優勢を得ていたとされ、それ以前に、世界にはまだ鉄の製造技術はなかったと考えられている。しかし、エジプトのツタンカーメン王(紀元前1361年~1352年)の棺から鉄剣が発見されており、歴史上の謎とされてきた。
この鉄剣は紀元前14世紀(紀元前1400年~同1301年)に製作されたと考えられるが、そのころのエジプトには製鉄技術は存在していなかったため、当時の人々は宇宙から飛来した鉄隕石を加工し鉄剣を製造したと考えられ、実際に2016年にイタリアの研究チームによって行われた調査では、鉄・ニッケル・コバルト濃度の測定から、鉄剣の材料が鉄隕石であることが確認されている。しかし、鉄隕石からの鉄剣の製造方法については明らかにされていない。
そこで研究チームはその鉄剣の分析を行うことを目的に、2020年2月にエジプト考古学博物館を訪問し、ポータブル蛍光X線分析装置を用いて、非破壊・非接触で鉄剣の元素分布の分析を行ったという。
その結果、鉄剣の両面の組成分析から10~12%のニッケルが含まれることが判明したほか、ニッケルの二次元元素分布から、鉄剣の表面にニッケルの含有量が10%前後の鉄隕石の断面に見られる結晶構造「ウィドマンシュテッテン構造」(ビドマンシュテッテン構造とも)を示す組織が確認され、このニッケル量とウィドマンシュテッテン構造から、鉄剣の原材料は「オクタヘドライト」という種類の隕石であることが判明したという。
また、所々に黒い斑点状に分布する物質は硫化鉄(FeS)で、オクタヘドライト隕石中に一般的に見られる硫化鉄包有物由来と考えられるとするほか、ウィドマンシュテッテン構造および硫化鉄包有物が保存されていることは、鉄剣が低温(950度以下)での鍛造により製造されたことを示すとする。
さらに、金の柄部分の定量分析から、少量(数wt%)のカルシウムが含まれていることも判明。これは、柄に装飾物を接着するために使われた漆喰に由来することが考えられるとするほか、硫黄が含まれていないことから、焼石膏(CaSO4・1/2H2O)ではないことも判明したという。エジプトで漆喰が利用され始めるのは、ツタンカーメン王の時代から1000年以上後の時代とされているため、この鉄剣はエジプトとは別の国で製造された可能性が示されたとする。
なお、アマルナレターという古文書には、ヒッタイト帝国の隣国であるミタンニ王国(現在のトルコとシリアの国境付近)からツタンカーメンの祖父であるアメンホテプ3世への贈答品の中に、鉄剣が含まれると記録されており、ツタンカーメンの鉄剣はその贈答品の1つとしてミタンニからエジプトへと持ち込まれた可能性があるという。