経済産業省がデジタル人材の育成を進める政策の中に「リスキリング」を盛り込んだことをはじめとして、高度なスキルを持った人材を育成するためにリスキリングに取り組む企業が増加するなど、社内でデジタル人材を育成して企業のデジタル化に取り組む潮流が強まっている。そこで、リスキリングにまつわる最新のトレンドと、デジタル化の成果が見られ始めた組織の共通点、具体的にデジタル化を始める第一歩について、テックアカデミーIT研修を提供するキラメックスの代表取締役社長を務める樋口隆広氏に話を聞いた。
-リスキリングを取り巻く環境はどのように変化していますか
樋口氏:昔からリスキリングと呼ばれていたわけではありませんが、IT企業が新卒や既存社員の人材育成を目的に技術的な研修を実施する例は以前からありました。IT企業などで以前から取り組まれてきたことが、最近では徐々にほかの業界にも広まっている大きな流れがあります。
特に近年のコロナ禍によって、ITなど特定の業界に限らず、多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性を認識し始めました。そうした流れの中で、ITやデジタル技術の知見を持っていないとビジネスが成り立たなくなるとも言われており、特にデジタルに関連する知識や技術を学ぶリスキリングへの注目度が高まっているのではないでしょうか。
別の観点でのトレンドもあります。以前のITスキル研修はシステム開発者や、デザイナー、技術者などクリエイティビティの高い職業の方を育成するために実施する機会がほとんどでした。しかし、近年はある程度大きな規模の企業がビジネスパーソンに対してITスキルを身に付けてもらうことを目的に実施する場面も増えています。
また、規模が拡大している企業の方がデジタル技術に関する知見の需要が高い傾向がありますね。中小規模の企業は少ない人数で高い生産性を発揮しなければいけないので、デジタルツールで業務を効率化したり先端テクノロジーを活用して成果を上げたりする取り組みを始めるべきだとは思うのですが、実際はそうした向きは弱いです。むしろ、規模が拡大している企業はITやデジタル技術への投資をますます強めており、両者の格差が広がっています。
-IT化やデジタル化を進めるには、何から始めたら良いでしょうか
樋口氏:自社にそもそもデジタル技術の知見が少ないのが1番の課題だと思っています。外部のシステムベンダーと協力関係を築くことを否定するわけではありませんが、例えばシステムを開発しようと思った場合に、外部のベンダーへ丸投げ体質になってしまっている企業が多いように感じます。それでは社内に知見がたまりませんよね。
システムやソフトウェアは作って終わりではありません。実際にサービスとして提供したり、さらに改良を加えたりする必要があるので、継続的に社内に知見を蓄積する必要があります。そうは言っても、思い立ったらすぐに開発を内製化できるわけではありません。まずは自分たちがより良いサービスを提供するためにITやデジタル技術について学習して理解した上で、外部のパートナー企業とどのように付き合っていくのかを考えてみるのが最初のステップではないでしょうか。
うまくデジタル技術を活用できている企業の共通点は、権限委譲がうまくできていることだと思います。決裁権を持った役職者や経営層がテクノロジースキルや知見を持って適切に判断するのが最良だと思いますが、なかなか難しいのが現状です。そこで止めてしまうのではなく、デジタル化を進めるために現場の意見に任せてみようと思っていただきたいですね。
中には、役職者がAIやIoT機器などの最先端技術に強い興味を持って導入を進めている企業もありますが、多くの企業ではそのように従来の業務プロセスやビジネスモデルを強く変革していくことは難しいでしょう。そうした観点からも、上位者が現場に任せてみようと思えるようなコミュニケーションが大切だと思います。権限委譲がうまくできている企業はスピード感を持って業務変革に取り組めていると感じます。
もう一つデジタル化を進める際に必要だと感じるのは、中長期的な視点です。あるツールを導入することでデジタル化が終了したと考えている企業と、ツールを導入した後にビジネスモデルを変えていたり、コスト構造を見直していたりする企業では将来的に大きな差が生じることは想像できるでしょう。実際に、後者の方が成長している企業が多いです。
何らかのデジタルツールを導入して、翌日から急に利益が30倍になるようなことはありません。デジタルツールを現場に浸透させ、変化に対応していくためには少なからず時間がかかります。変革を継続するには、中長期的な視点で企業文化の醸成が必要だと、まずは認識していただければと思っています。
-IT化やデジタル化に取り組みたい企業へアドバイスをください
樋口氏:例えばDX推進部のような組織の担当者が、デジタル化のためにツールを導入したいけれども現場の状況を理解していないまま話が進んでしまっている場面がよくあると思います。
この場合、現場のスタッフとしては、既存のオペレーションがどのように変わり、どれだけのメリットが生じるかがわからないまま、とりあえず対応しなければいけないタスクだと感じてしまいますね。現場の負担が増える割にはどれだけ生産性が上がるのかをイメージできないと反発が生まれる原因にもなるでしょう。
まずは、デジタル化を進めることによって目指すべき姿や、得られるリターンについて同じ将来像を描いてから取り組めるかが重要です。何を目指して、何を変えていくのかを話し合う機会を設けるのが良いのではないでしょうか。
「5年以内にこういうビジネスモデルを完成させます」と最初から大きなビジョンを描き切る必要はありません。初めの一歩として、「みんなの残業時間を1カ月あたり5時間減らしましょう」といった具体的な目標を立ててみてください。その目標を達成するために削減できるタスクや効率化の余地がある業務を話し合って、デジタル化に取り組むのが良いと思います。このように小さなステップで構いませんので、明確に具体的なリターンを実感できるゴールを描いてから施策に取り組むのがスタートだと思います。