北海道大学(北大)は2月4日、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に代表される「パンデミック呼吸器感染症」に対するウイルス学と薬物送達学を融合させた治療戦略に関する総説論文を発表した。
同成果は、北大大学院 薬学研究院の中村孝司助教、同・原島秀吉教授、北大大学院 獣医学研究院の磯田典和准教授、同・迫田義博教授らの研究チームによるもの。詳細は、日本DDS学会が刊行するドラッグデリバリーシステムと製剤のすべての側面を扱う欧文学術誌「Journal of Controlled Release」に掲載された。
現在も感染拡大が続く新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)などのパンデミックウイルス感染症に打ち勝つためには、それぞれのウイルスの性状や疫学を理解した上で、それらに応じた戦略によって医薬品開発を進めていく必要がある。そうしたことを踏まえ、今回発表された総説論文では、ウイルス学者と薬物送達の専門家である薬物送達者が分野を超えて議論し、パンデミック呼吸器ウイルスに対する、理想の医薬品開発戦略が記されたという。
未知のウイルスを含めた、病原体に対する人類の最大の武器は自身の免疫システムであり、その免疫システムを利用したワクチンを開発することで、多くの感染症の制御に成功してきたが、ワクチンは種類によって効果が異なり、弱毒化した病原体を用いた生ワクチンがもっとも高い感染予防効果を示すとされているものの、病原性が高いウイルスや、変異が起こりやすいウイルスの場合、リスクが高いために使用することができないとされている。そのため、弱毒化した病原体を使わずに生ワクチンに近い効果を示すワクチンの開発が進められているとするほか、のほかの種類のワクチンや抗ウイルス薬についても概説がなされているという。
そして、医薬品を作る技術の1つである薬物送達システム(ドラッグデリバリシステム:DDS)は、薬物の投与方法や投与形態に工夫を施すことで、薬物の効果部位への集積を最適化するためのものであり、新型コロナ向けmRNAワクチンにも最新技術の1つ「脂質ナノ粒子」が採用されており、ナノサイズの粒子を用いることからナノDDSとも呼ばれている。このような医薬品はナノ医薬品と呼ばれ、次世代の医薬品として期待されており、総説論文の中でも、ナノDDS技術を用いた免疫システムの制御について、実例を交えた紹介がなされているとする。
脂質ナノ粒子はさまざまな分子や薬物を搭載可能で、免疫システムを活性化させる分子であるアジュバントを搭載することで、免疫システムを効果的に活性化することが可能であり、特に効果が期待できるのは、ワクチンや治療法がない、未知のウイルスに遭遇した場合だという。未知のウイルスに対しては、人類自身の免疫システムが唯一の武器なので、アジュバントを搭載した脂質ナノ粒子を投与することで、免疫システムを強化することが可能であると考えられるとする。総説論文では、自然免疫ブースター戦略として紹介されているという。
また、パンデミックを抑えるためのワクチン開発として重要なポイントは、十分な感染予防効果(発症予防や重症化予防ではない)と変異株にも有効であることで、その効果を得るためには、ウイルスの感染部位(多くは外界と接する粘膜面)での免疫を活性化する必要があり、インフルエンザや新型コロナのような呼吸器感染ウイルスの場合は、上気道粘膜となる。
そうした粘膜の免疫システムを活性化させるためには、従来の注射型ワクチンでは難しく、鼻や口から投与するタイプの「粘膜ワクチン」と呼ばれる戦略が必要だとするが、粘膜面でワクチンを働かせることは難しく、生ワクチンのように生きたウイルスが必要であったが、脂質ナノ粒子を活用することで、人工的に粘膜面での感染(細胞への侵入)を起こし、擬似的に生ワクチンを模倣することが可能だともしている。
さらに、変異に対して提唱されているさまざまな変異株においても共通の抗原(ユニバーサル抗原)を用いた「ユニバーサルワクチン」について、同論文では、脂質ナノ粒子技術とユニバーサル抗原を組み合わせ、安全な生ワクチンとして、ユニバーサル人工生ワクチンの可能性についての議論もなされているとする。
なお、研究チームでは、今回発信された内容を、インフルエンザウイルスやSARS-CoV-2などのパンデミックウイルスに打ち勝つための、ナノ医薬品の開発研究へと繋げていきたいとしている。