東京大学(東大)、東京工業大学(東工大)、大阪大学(阪大)、京都大学(京大)、科学技術振興機構は2月1日、低温環境下ではスピンが秩序化しない量子スピン液体状態が実現される「キタエフ模型」の候補物質「塩化ルテニウム」(a-RuCl3)において、磁場方向に強く依存する「マヨラナ粒子」の振る舞いを観測したと発表した。

同成果は、東大 東大大学院 新領域創成科学研究科の田中桜平大学院生、同・物質系専攻の水上雄太助教、同・橋本顕一郎准教授、同・芝内孝禎教授、東工大 理学院物理学系の栗田伸之助教、同・田中秀数教授、阪大大学院 基礎工学研究科 物質創成専攻の藤本聡教授、京大大学院 理学研究科の松田祐司教授に加え、韓国科学技術院の研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学全般を扱う学術誌「Nature Physics」に掲載された。

2006年にアレクセイ・キタエフにより理論的に提案された蜂の巣格子上の量子スピン模型「キタエフ模型」は、量子力学的な揺らぎの効果により、低温ではスピンが秩序化しない量子スピン液体と呼ばれる状態が厳密解として得られることが知られている。このキタエフ量子スピン液体状態は、スピンが粒子と反粒子が同一となる粒子「マヨラナ粒子」で記述されるという特異な性質を持つことから、マヨラナ粒子の探索が進められている。

  • マヨラナ粒子

    キタエフ模型の模式図。1つのスピンに対して隣接する3つのスピンが結合しているが、3つの隣接するスピンからは、それぞれスピンを異なる方向に向かせる相互作用が働き、スピンはそのフラストレーションのために秩序化できない (出所:京大プレスリリースPDF)

キタエフ模型に磁場をかけると、系の状態が自明でないトポロジーを持つことが理論的に提案されており、それによりマヨラナ粒子の試料端でのエッジ状態と、試料内部でのバルク状態という2つの対応する状態(バルク・エッジ対応)がそれぞれ出現するとされるが、これまでキタエフ量子スピン液体の候補物質であるa-RuCl3において、エッジ状態におけるマヨラナ粒子の振る舞いは観測されていたものの、バルク状態におけるマヨラナ粒子の振る舞いはまだ良くわかっていなかったという。

そこで研究チームは今回、キタエフ量子スピン液体のバルク状態でのマヨラナ粒子の振る舞いの解明に向け、マヨラナ粒子のバルク状態に敏感な比熱測定を行うことを目的に、高品質なa-RuCl3の微小結晶に対して磁場中で磁場角度を精密に制御して比熱を測定できる高感度な測定系を構築し、磁場中におけるマヨラナ粒子の振る舞いを調べたという。

その結果、a-RuCl3の蜂の巣格子面内で磁場方向を変化させると、マヨラナ粒子の現れやすさが磁場方向に強く依存し、六回振動することが判明したほか、このような特異な磁場方向依存性は、ほかの機構では説明できないものであり、マヨラナ粒子の振る舞いに対する当初のキタエフによる理論的な予測と良く一致することも判明したという。

  • マヨラナ粒子

    (左)磁場Hをa軸方向に向けた際のマヨラナ粒子の状態。(右)磁場をb軸方向に向けた際のマヨラナ粒子の状態。磁場//aでは、試料端におけるエッジ状態としてマヨラナ粒子の流れが出現する。磁場//bでは、試料内部においてバルク状態としてマヨラナ粒子が多く励起される (出所:東大大学院 新領域創成科学研究科 Webサイト)

研究チームでは、今回の結果について、これまでに観測されたマヨラナ粒子のエッジ状態とも、良く整合するものであり、マヨラナ粒子系におけるバルク・エッジ対応を証明することができたと考えられるとしているほか、磁場中でのマヨラナ粒子は、トポロジカル量子コンピュータと呼ばれる環境ノイズに強い量子コンピュータを実現する可能性を持つ「非可換エニオン」という新奇な粒子を形成し得ることも知られていることから、a-RuCl3がそうしたトポロジカル量子コンピュータを実現する有力候補となり得ることが示されたのみならず、非可換エニオンの理解の進展につながることも期待できるとしている。