東京大学(東大)は1月28日、モデル生物であるショウジョウバエにおいて、動物行動学と光遺伝学の手法を用いることで、昆虫脳において、飛行を司令する一群の神経細胞群を特定したと発表した。
同成果は、東大 先端科学技術研究センター(RCAST)の並木重宏准教授、米・ハワードヒューズ医学研究所のグイネス・カード室長、同・ワイアット・コルフ副所長、米・カリフォルニア工科大学のマイケル・ディキンソン教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、生物学全般を扱う学術誌「Current Biology」に掲載された。
昆虫の飛行能力は生物の進化において、植物の受粉の在り方などにも関わっていることから、もっとも重要な発明の1つであるとも言われている。昆虫は毎年のように新種が発見されるなど、その種類は100万から1000万とも言われ、種の多様性の観点からは、もっとも地球上で成功している動物とも言われている。
また、ミツバチをはじめとする飛翔昆虫の動物行動学の研究は、飛行に関する操縦技術に通ずるなど、科学技術の発展にも寄与している。
こうした昆虫の情報処理の仕組みは分散型とよばれ、ヒトを含むほ乳類と比べて、神経系を構成するそれぞれの神経回路の独立性が高いといわれている。分散型の特徴によって、昆虫では脳から身体への行動出力系であり、脳で統合された感覚情報を、身体へ伝達する重要な役割を持っている「司令ニューロン」を特定することが可能であることから、その研究を手がかりに、摂食行動、定位行動、逃避行動などの脳内の回路基盤が明らかにされつつある。しかし、飛行の司令については、まだ良く分かっていなかったという。
そこで研究チームは今回、伝統的な動物行動学と、細胞の活動を光で制御する光遺伝学の技術を用いて、飛行を司令する細胞の探索を実施することにしたという。その標的として、脳と身体の神経系を接続する細胞種で、神経系内部の情報の流れのボトルネックとされ、昆虫では1000個ほどある(ほ乳類はおよそ100万個)「下行性神経」に注目し、研究を行ったという。
具体的には、特定の下行性神経のみを選択的に標識する遺伝子組換え系統を作出し、この系統に赤色光で動作するイオンチャネル「CsChrimson」を用いて、神経細胞の活動を引き起こし、羽ばたき飛行を変化させる細胞を探索。その結果、特定の細胞種「DNg02」を特定。観察により、DNg02の形状は1個の細胞ではなく、類似の形状を持つ少なくとも15対の細胞からなる細胞集団であることが判明したことから、その集団としての機能を調べることを目的に、分子遺伝学的な手法を用いて、異なる数のDNg02を選択的に標識する組換え系統を作出。光遺伝学的に活性化した場合、すべての系統で羽ばたき強度の増大が観察されたが、活性化する細胞の数が多いほど、羽ばたきの強度が大きいことが判明した。研究チームによると、昆虫の行動司令では、単一の細胞が特定の行動を引き起こす事例が多いものの、飛行の場合では例外的に、細胞集団として行動司令が行われていることが推察されるとしている。
また、光遺伝学によって駆動された羽ばたき運動が、自然な状態を再現したものかどうかという点の検証のために、観察された羽ばたきの特徴を分析したところ、DNg02の活性化により羽ばたき強度が上限値に達する一方で、羽ばたき頻度は一定の値に収束する傾向を確認。頻度に対する強度のプロットから、強度160°を中心に、羽ばたき頻度が増大から減少に転じるといった逆相関の関係にあり、この関係は、自発的な飛行中の羽ばたき運動が分析された先行事例においても観察されていることから、光遺伝学によるDNg02の活性化は、自然な状態に近い状態であることが示唆されたとする。
さらに、DNg02がどのように飛行に関わっているかを調べることを目的に、ショウジョウバエが飛行している際のDNg02の活動を計測したところ、ショウジョウバエの旋回に同期した神経活動が観察され、DNg02が飛行を司令していることが確認されたほか、DNg02の活動は、反対側の翼の羽ばたき強度と相関していたことから、DNg02が飛行の操縦に関与することが示唆されたともしている。
なお、今回の研究成果は、動物飛行の司令情報の神経実体を明らかにするもので、飛行の制御機構解明のための手がかりとなるとしており、今後の訪花やナビゲーションなどの多様な昆虫行動の理解につながるほか、将来的にはドローンやロボットの制御技術への応用が期待されるとしている。