公立はこだて未来大学(未来大)は1月26日、ヒト全脳神経回路データ(ヒトの脳部位間をつなぐ脳全体の神経線維の構造データ)を用いた脳波活動のシミュレーションを行い、大域脳機能回路のまとまりを作り、また、大域および局所スケールの脳の活動度に応じて脳部位間を順序づけするのに役立つことを発見したと発表した。

同成果は、未来大 システム情報科学部の佐藤直行教授によるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

脳は情報を分散的に処理しているため、知覚や記憶などの認知処理を行うとき、関連する脳部位間で脳波(神経細胞の集団電位)が同期することが情報の統合にとって重要と考えられている。しかし、近年の研究から、脳波は大脳皮質の表面でいずれかの方向に進んで行く進行波パターンを示すことが報告されるようになり、そうした脳波進行波が脳全体の情報統合に関わる可能性があると考えられているものの、脳全体の脳波を同時に記録することは難しく、その機能的な役割は明らかではなかったという。

一方、近年のコンピューティング能力の向上から、ヒト全脳神経回路データを用いた神経活動のシミュレーション研究が盛んに行われるようになっており、今回、研究チームは、そうしたシミュレーションを用いて、脳波進行波の機能的役割を調べることにしたという。

具体的には、ヒト全脳神経回路データに基づいて、脳を468箇所の脳局所部位からなる全脳神経回路モデルとして構築し、脳全体の脳波活動のシミュレーションを実施。0.5秒ごとに各脳部位の活動の強さがランダムに変更され、全体で100秒間実施し、大脳の脳溝(脳のしわ)を引き延ばした平面上での脳波進行波の速さ・方向が求められ、全体としてどのような進行波パターンが得られやすいか、大域および局所スケールでの脳の活動度と進行波との関係がどのようになっているのかが調べられたほか、神経線維の伝搬遅延によって、進行波がどのように一方向的な情報伝搬に役立つかも調査された。

その結果、シミュレーションで得られた脳波進行波は伝搬速度などの点で、実際に観測される脳波に類似していることが確認されたほか、この際、進行波はある一定のパターンを示しやすく、これが大域的脳機能回路の構造とよく対応することも判明した。これは脳波進行波が大域機能回路の同期活動のまとまりを作るのに役立つことを示唆していると研究チームでは説明する。

また、各脳部位の活動と進行波の方向の関係を調べたところ、脳部位全体が活動の高い部位から低い部位への進行波を作ることも判明。これは、活動の強い脳部位の情報だけを効果的に脳全体に伝えるために重要なパターンで、全脳の情報統合の理解に有用と考えられるという。

さらに、より詳細に進行波パターンを調べたところ、およそ5cm以下のスケールでは、活動が高い部位から低い部位への放射波が生じていることが判明。この大きさは大域脳機能回路の大きさと類似するため、各機能回路内の情報の統合に役立つと考えられるという。

今回確認された脳波進行波の時空間構造、および情報統合への寄与の可能性は、これまでに報告のない新しい発見だと研究チームでは説明しており、分散的に情報を処理する脳において、どのように全体の情報が統合されるかについての理解に向け、今回の成果は、そうした仕組みの1つの可能性を提案するものとなるとしている。また、今後、脳波進行波の階層構造を調べることで、より動的な脳の情報統合プロセスを解明できる可能性があるともしている。

  • 脳波進行波

    今回の研究成果の概要 (出所:未来大プレスリリースPDF)