東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は1月27日、東大大学院 理学系研究科および東大 物性研究所で開発された超短パルスレーザー加工システムを用いることによって、微細加工が困難なアルミナに対して1mmの高さのピラミッドを1mm未満の間隔で並べた「大面積モスアイ(蛾の目)反射防止構造」による、電波望遠鏡用の赤外線吸収フィルターを開発することに成功したこと、ならびにこの赤外線吸収フィルターが、米・ウェストバージニア州にある電波望遠鏡であるグリーンバンク望遠鏡「MUSTANG2 レシーバー」に搭載され、熱源となる大気や望遠鏡自体からの赤外線放射を抑えながら、ミリ波帯域の光の信号を高感度で捉えて継続的な観測を行えるようになったことを発表した。
同成果は、Kavli IPMU/東大大学院 理学系研究科の高久諒太大学院生、Kavli IPMUの松村知岳准教授、米・ミネソタ大学のシャウル・ハナニー教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米光学会の刊行する光学とフォトニクス全般を扱ったオープンアクセスジャーナル「Optics Express」に掲載された。
現在、宇宙の誕生直後の急激な膨張を表したインフレーション仮説に関する研究では、“宇宙の晴れ上がり”イベントで直進した光が、宇宙膨張による赤方偏移で現在、マイクロ波となった「宇宙マイクロ波背景放射」(CMB)の「偏光観測」が盛んに行われるようになっている。
CMBの周波数は約150GHz前後であり、その微弱な信号を捉えるべく、精密な観測技術の開発が進められている。ミリ波望遠鏡の高感度化のために、検出器はサブケルビン温度に冷却され、望遠鏡自身も発せられる熱放射を低減するために液体ヘリウムや液体窒素温度程度に冷却する必要が求められるなど、検出器にはミリ波帯域信号は取り入れられるようにしながら、熱源となる赤外線の帯域の放射をカットすることが求められている。そのため、赤外放射をカットする赤外放射カットフィルターが重要な役割を果たすとされている。
そうした背景から近年、ミリ波を透過しながら赤外線を吸収し、吸収した熱を排熱するために最適な高熱伝導を持つアルミナがフィルター材料として注目されるようになってきた。しかし、アルミナのミリ波屈折率は3程度あり、反射防止加工を行わない場合にはCMBを50%程度反射してしまうという課題を抱えていたという。
反射防止加工としては光学素子表面へのコーティングが一般的だが、冷却すると剥離するといった問題があることから、研究チームでは今回、そうしたコーティング技術に代わる、蛾の目の表面にあるピラミッド状の突起物が並んだモスアイ(蛾の目)反射防止機構を考案することで、アルミナの反射低減を目指した。
見たい光の波長よりも小さいピラミッド構造の領域では、その光は真空中(空気中)の屈折率1と材料の屈折率の間の屈折率を作り出すことが可能であり、これにより反射を抑えるというメカニズムだという。
しかし、ミリ波帯域で求められる構造はサブミリメートルクラスであり、機械加工で作るには小さすぎる一方で、半導体製造用の露光技術では大きすぎるため、既存技術では作製することが難しいサイズ領域の構造であったとのことで、東大大学院 理学系研究科の五神真教授、同・湯本潤司教授、同・小西邦昭准教授、東大 物性研究所の櫻井治之特任助教らとともに、数兆分の1秒という超短パルス幅を持ち瞬間出力が100MWに達するという強力な超短パルスレーザーを光源とするレーザー加工システムを共同で開発。その超短パルスレーザーによる加工システムを用いて、アルミナを損傷なく適切に削り取り、表面に最適な反射防止形状であるモスアイ構造を成形することに成功したとする。
今回加工されたモスアイ構造は、30cmのアルミナ表面に1mm未満の間隔で高さ1mmのピラミッド構造が並ぶというもので、さまざまな工夫により、最終的には4日ほどの加工時間で、アルミナディスクの両側にそれぞれ32万個のピラミッドを作り出すことを可能としたという。
この構造は、透過率が75GHzから105GHzにて98%以上、反射は1%以下になることが測定により確認されたとする。このアルミナ赤外線吸収フィルターは、グリーンバンク望遠鏡に搭載するMUSTANG2ミリ波レシーバーに対して提供されたが、研究チームでは、今後さらにこのような加工を施した大型の赤外吸収フィルターをCMB偏光観測などに提供していく第一歩になると期待されるとしている。