慶應義塾大学などの共同研究チームは、ヒトが複雑な状況で意思決定をするときに将来の不確実性が低いと、前頭・頭頂皮質の認知の制御機構により意思決定の仕方が切り替わり、選択に偏りが生じることを発見したと発表した。今回の研究によって、どのような要因を考慮して意思決定を行うかが、状況に応じて認知の制御機構により切り替わることが示唆されたとしている。
同研究は慶應義塾大学理工学部の地村弘二 准教授(高知工科大学客員准教授)と岡山大学の松井鉄平 准教授は、慶應義塾大学の服部芳輝(大学院理工学研究科修士課程1年)、高知工科大学の中原潔 教授、同大学の竹田真己 特任教授らによるもので、詳細は1月8日付で学術論文誌「Neuro Image」の速報版に掲載された。
意思決定には「どのくらい確率的な不確実さがあるか(不確実性)」、「重要な事象が起こるまでどのくらいの時間がかかるか(遅延時間)」が重要な要因とされており、金銭や食べ物などの報酬が関わる意思決定では、不確実性と遅延時間は選択に大きな影響を与えることが知られており、不確実性はリスク選好、遅延時間は衝動性が関わると考えられている。
ただし、行動経済学において、意思決定における不確実性と遅延時間の影響は、長らく別々に研究されてきたことから、今回の研究では、別々とするのではなく不確実性と遅延時間が同時に変化するような複雑な意思決定では、認知の制御機構がどのような役割をするのかという点に着目して研究を実施したという。
具体的には、当たる確率、遅延時間、賭け金、獲得金の4つの要因が変化するギャンブルの状況を作成。比較のため、不確実性または遅延時間が要因として表示されない3要因のギャンブル条件も作成。被験者には、これらの与えられたギャンブル条件に応じるかどうかを意思決定することを要求し、機能的MRIを用いてこのギャンブルに関する意思決定を行っているときの脳活動を計測した。
今回の設定で重要なのは、4要因で当たる確率100%の状況は3要因で当たる確率が示されない状況と論理的には同じとなる条件が提示されたという点で、このように論理的には同じだが、複雑さが異なる状況で意思決定がどのように変化しているかを調べたという。
その結果、ギャンブルに応じる割合(アクセプト率)は、4要因で確率100%の状況では3要因で確率が示されない状況と比較して高く、4要因で確率が100%でないときには賭け金が小さく、獲得金が大きいとアクセプト率が上がることが確認された。
しかし、確率100%のときにはアクセプト率の変化は見られず、この結果は4要因で確率100%の状況では、どの要因を考慮するかというギャンブルの方略が異なることを示唆したものであると考えらえるとしている。
また、確率が0%または100%に近い場合、すなわち不確実性が小さくなると、ギャンブルに応じるかどうかの意思決定は短時間になると予想されていたものの、実際はそうした予想に反して、4要因確率100%の状況では、不確実性がないにもかかわらず、意思決定には長い時間がかかることも確認。この結果は、4要因で確率が100%の状況では、ギャンブルの方略が切り替わることによって意思決定に長い時間がかかることを示唆するものであるともしている。
さらに、4要因で遅延時間が0の状況では、3要因で遅延が示されない状況とアクセプト率は差がなかったことから、先行研究で示された不確実性と遅延時間が同時に変化する場合には、不確実性がより優位な要因であるということを支持するものとなるとする。
加えて、意思決定中の脳活動を調べてみたところ、4要因確率100%の状況では、論理的に等価な3要因確率なしの状況と比較して、前頭前野と頭頂皮質で活動が大きくなっていることを確認。これまで、報酬に関する意思決定では、要因に依存して脳活動が変化することは知られていたが、論理的に等価な状況間で脳活動の差が観察されたことがなかったことから、脳活動パターンの逆符号化(デコーディング)により、脳活動から関連する心理機能を推定したところ、認知の制御が関与していることが示唆されたともする。
この結果は、確率が100%になると、認知の制御が機能して、ギャンブルの方略が切り替わることを示唆するものであり、今回の一連の結果はどのような要因を考慮して意思決定を行うかが、状況に応じて認知の制御機構により切り替わることを示しており、ヒトの意思決定と認知の柔軟性を例示したものであると研究チームでは説明している。
なお、研究チームでは今後も意思決定に認知の制御がどのように関連しているかという問題について研究することで、認知の制御機能が病的なギャンブルや薬物・アルコール乱用などを予防・改善するきっかけを作ることができないかと考えているとのことだ。