浜松医科大学(浜松医大)と日本医療研究開発機構(AMED)は1月25日、帝人ファーマと共同して改良した「オキシトシン経鼻スプレー」の医師主導治験を実施し、自閉スペクトラム症の中核症状に対する有効性と安全性を確認したことを発表した。
同成果は、浜松医大 精神医学講座の山末英典教授、北海道大学の齊藤卓弥特任教授、東北大学の本多奈美准教授、東京大学の金生由紀子准教授、名古屋大学の岡田俊准教授(現国立精神・神経医療研究センター部長)、大阪大学の池田学教授、九州大学の鬼塚俊明教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、神経科学を題材にした学術誌「BRAIN」に掲載された。
発達障害の1つとして知られる自閉スペクトラム症(ASD)は、社会的コミュニケーション障害と常同行動・限定的興味という中核症状は、2~3歳で明らかになり、それが一生涯にわたって続くとされている。
これらの中核症状に対する有効な治療薬はなく、行動や感じ方のパターンを特徴として捉え、その特徴にあった対処方法を身につけることが対応の主流となっているという。そうした中、浜松医大の山末教授らは、それら中核症状に対する治療薬の候補としてオキシトシン経鼻スプレーの有効性や安全性の検討を進めてきた。
オキシトシンは脳の下垂体後葉から分泌されるホルモンで、現在は男女を問わず脳内に多くのオキシトシン受容体が分布していることが知られるようになっており、さまざまな研究から、他者と信頼関係を築きやすくする効果や、中には飼い主が飼い犬と見つめ合うとお互いにオキシトシンの量が上昇することなども確認されるなど、「愛情ホルモン」などとも称されることもある。
このオキシトシンの社会的コミュニケーション障害への効果は、単回投与に関しては、欧米での研究と山末教授らの研究のどちらも有効として結論が一致しているものの、反復投与では欧米の研究では効果がないという報告がされている一方、山末教授らの研究では、副次評価項目で効果が示されたものの、主要評価項目に対しては有効性が見られなかったとされており、異なる見解が示されていた。
こうした理由としては、山末教授らが報告した反復投与によりオキシトシンの効果が減衰することに加え、単回投与で最大の効果が得られる用量が反復投与では最適な用量ではない可能性などが考えられており、研究チームでは今回、生物学的利用能を改良して低用量から高用量まで幅広く検討することができる改良型オキシトシン経鼻スプレーを開発。それを用いて、自閉スペクトラム症の中核症状に対する有効性と最適な用量を検討する臨床試験を実施することにしたという。
この改良型オキシトシン経鼻スプレーは、共同開発した帝人ファーマが行ったウサギの脳内での検討では改良前の製剤の3.6倍の脳への移行性が認められたという。健常人を対象にした安全性と薬物動態を確認する医師主導治験をすでに終えた段階であり、今回の試験では、二重盲検プラセボ対照で全国7つの大学病院での多施設試験として、医師主導治験の枠組みで、自閉スペクトラム症の中核症状に対する有効性検討が行われた。
具体的には、低用量の改良型オキシトシン製剤(3単位)の1日1回投与(3単位)、低用量オキシトシンの1日2回投与(6単位)、高用量オキシトシン(10単位)の1日1回投与(10単位)、高用量オキシトシンの1日2回投与(20単位)のいずれかに各参加者を振り分け、4週間にわたって治験を実施。治験薬の有効性評価の主要評価項目としては、自閉スペクトラム症の中核症状を評点して診断をする際のゴールドスタンダードとして世界的に認められている方法の、他者との関わりについての項目の点数(0~14点の範囲の点数が付き、点数が高いほど症状が重い)の4週間の投与期間前後の変化量が用いられた。
各参加者は、4種類の用量のいずれかのオキシトシン投与を4週間受けたあとに4週間の休薬期間を挟んで4週間のプラセボ投与を受ける参加者と、逆の順番とする参加者に、ランダムに振り分けられて実施された結果、109名の正常知能の自閉スペクトラム症と診断された参加者がランダムな振り分けを受けて、そのうち102名の参加者が試験完了となった。用量と改善効果の関係性の検討では、6単位の投与効果をピークとしてU字型の用量反応関係が示されたとする。
決められた投与方法が守られなかったなどのプロトコールからの逸脱のあった参加者を除いた最大94名での解析では、主要評価項目である他者との関わりについての自閉スペクトラム症の中核症状得点について、オキシトシン6単位の投与による統計学的に有意な改善が認められたという。
一方で、プロトコールからの逸脱のあった参加者を含めた解析では、主要評価項目および主要評価項目での有効性の検討を捕捉する目的で設けた副次評価項目に統計学的に有意な改善は認められなかったともしている。
また、安全性については、いずれの用量でも深刻な有害事象は認めなかったとした。軽微なものまで含めた有害事象の発現割合は、3単位投与期間中が24.0%、6単位投与期間中が46.4%、10単位投与期間中が40.7%、20単位投与期間中が40.0%、プラセボ投与期間中が36.9%という結果だったという。
なお、早期第II相試験と位置付けられた今回の治験では、他者との関わりについての自閉スペクトラム症中核症状への有効性が、改良前の製剤の単回投与で最も有効性が示されていた用量(1日48単位)よりも低い用量(1日6単位:ウサギでのデータを基に従来型に換算すると1日21.6単位)で、この用量をピークとしたU字型の用量反応関係が認められることが見出されたという。
研究チームでは、今回の治験の結果については、今後さらに多くの参加者を対象とした規模の大きな治験を行って確認する必要があるとしており、特に、今回の治験で有意な改善を見出せなかった、決められた投与方法が守られなかったなどのプロトコールからの逸脱があった参加者も含めた解析は、プロトコールからの逸脱を認めた参加者を除外した解析よりも、日常診療の場面での治療には近いと考えられており、こうした解析でも有意な改善を示すことが重要視されるとし、今後は、改良型オキシトシン経鼻スプレーの次段階の治験および承認申請に協力する企業パートナーを探していくとしている。