金沢工業大学(金沢工大)は1月13日、脳損傷後に失われた機能を代償するために必要な神経回路を作り出す分子機構を解明したと発表した。

同成果は、金沢工大 バイオ・化学部応用バイオ学科の小島正己教授、大阪大学大学院 生命機能研究科の張理正博士(現・延世大学研究員)、同・山本亘彦教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、神経科学会が刊行する公式学術誌「The Journal of Neuroscience」に掲載された。

中枢神経は損傷後の再生が困難であることが知られている。しかし、損傷されたニューロン自体は再生できなくても、その代わりとなる神経回路が新たに形成されることによって、機能回復に貢献することが知られている。

その1つとして、大脳皮質運動野から中脳への神経投射が挙げられる。運動野ニューロンは同側の中脳へ投射しているが、一側性の大脳損傷により、本来ほとんど存在しない対側性の神経投射が出現するという。この過程においては、損傷していない側の大脳皮質ニューロンの軸索から側枝が出現し(神経発芽)、新たな神経回路が形成されることが明らかにされている。

成体の脳において神経発芽が生じて機能回復に貢献することは、1970年代に報告されて以降、幼い時期ほど顕著であることが判ってきたが、その細胞・分子機構に関しては発見から50年が経った現在でも良く分かっていなかったという。

そこで研究チームは今回、この問題の解明に向け、損傷側の中脳から誘引性因子が発現し、残った大脳から対側性の神経投射が誘発されるという仮説を立て、幼若期のマウスで片方の大脳を除去した後、中脳での遺伝子発現をRNAシークエンスにより網羅的な調査を行ったという。

その結果、多くのグリア細胞由来分子の発現が、損傷側の中脳で上昇していることが判明。実際、損傷側中脳では活性化されたアストロサイトやミクログリアが広範囲に分布していることが確認されたとする。

また、そのグリア由来分子の中で新たな対側性の投射形成に関わっている分子を突き止めるため、CRISPR/Cas9システムを用い、候補分子の受容体をマウス大脳皮質ニューロンで欠損させる実験を行ったところ、細胞外マトリックス分子である「オステオポンチン」や「フィブロネクチン」の受容体である「インテグリンベータ3」(Itgb3)と、「脳由来神経栄養因子」の受容体(TrkB)を欠損させることで、対側性の神経投射が減少することが見出され、これらの分子経路が回路再編に関わっていることが示されたとする。

なお、研究チームでは、今回の研究から、幼い時期に顕著な回路再構築の分子機構が解明され、脳損傷による新たな神経回路の再編成、および脳機能回復のための臨床的応用につながることが期待されるとしている。

  • 脳損傷

    片側の大脳損傷後、活性化グリア細胞が損傷側中脳に出現し、神経発芽を誘導する分子を発現することが明らかにされた (出所:金沢工大Webサイト)