千葉県立中央博物館、国立科学博物館(科博)、富山大学の3者は1月7日、千葉県銚子市に分布する銚子層群君ヶ浜層(中生代前期白亜紀・約1億2500万年前の浅海成堆積物)から採集され、千葉県立中央博物館に寄贈された岩石を詳しく調査したところ、これまで同地層から報告されていなかった微小な12種類の巻貝を発見し、そのうちの6種を42年ぶりとなる新種として記載したことを発表した。
同成果は、千葉県立中央博物館 地学研究科(自然保護課併任)の伊左治鎭司主任上席研究員、科博 地学研究部 環境変動史研究グループの芳賀拓真博士、富山大大学院 学術研究部理学系の柏木健司准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本古生物学会が刊行する英文学術誌「Paleontological Research」に掲載された。
今回、新種として記載された6種の巻貝化石は、銚子層群君ヶ浜層から採集された岩石より見出された。この岩石は、銚子市在住の山田勝彦氏によって、1998年に採集され、2000年に千葉県立中央博物館に寄贈されたもの。
銚子層群は、銚子半島の海岸周辺に分布する中生代前期白亜紀に堆積した地層の集まりで、台風のような嵐の影響を受ける浅海で堆積した地層が特色。今回発見された新種は、白亜紀前期の6つの地質時代のうち、4番目のバレミアン期にあたる君ヶ浜層より産出した。
寄贈された岩石には貝類化石が多量に含まれており、これまでに発見されていない微小な種類が見つかる可能性があったという。そこで千葉県立中央博物館の伊左治主任上席研究員は、2011年頃から、有孔虫や放散虫などの微化石を探すのに用いられるボロン法を用いて、この岩石から微小な化石を抽出する調査を開始し、多数の微小な巻貝化石を発見したとする。
この巻貝化石に関する調査を進める過程で、軟体動物化石に詳しい科博の芳賀博士に意見を求めるとともに、共産する微化石の同定に関しては中生代の微化石研究に実績のある富山大の柏木准教授にも助言を求めて共同研究を開始、その成果として今回、新種の巻貝化石を記載する論文が発表された。
微化石抽出の成果として、寄贈された岩石から、殻長が1cmに満たない微小貝化石が1000個以上発見されたという。その中には、これまで銚子層群から見つかっていなかった微小な巻貝が12種類含まれており、そのうちの6種が新種であることが確認された。新種の学名は以下の通りだ。なおカッコ内のカタカナ表記は、学名の読み方の一例。
- Pseudomelania yamadai(シュードメラニア・ヤマダイ)
新生腹足亜綱に属する絶滅したグループで、分類上の位置がはっきりしないという。同じような特徴の巻貝は多く、本来は異なる系統に属する種類がPseudomelania属に便宜上まとめられている可能性もあるという。学名の後半の「yamadai」とは発見者の山田氏に献名されたもの。
- Ampezzopleura barremica(アンペッツォプレウラ・バレミカ)
P.yamadaiと同様に、新生腹足亜綱に属する絶滅したグループの一種。これまで三畳紀の地層のみから知られていたが、今回世界で初めて白亜紀の地層から発見され、Ampezzopleura属では最も新しい化石。
- Choshipleura striata(チョウシプレウラ・ストリアータ)
A.barremicaと同じAmpezzopleura属に分類される。ただし、同属は特徴として通常は終殻の縦方向の肋(縦肋)があるが、Choshipleura striataではそれがなく、らせん状の溝があることから、新属Choshipleuraが設立された。
- Metacerithium boshuae(メタセリシウム・ボウシュウアエ)
Metacerithium属は、白亜紀初頭から古第三紀に栄え、殻に突起状または小さなイボ状の彫刻が発達するエンマノツノガイ上科のグループに属する。欧州の同時代の地層から似た種類が発見されているが、特徴は異なっている。学術名後半の「boshuae」は、銚子ジオパークガイドを務める房州文子氏に献名されたもの。
- Antiphora aurora(アンティフォラ・アウロラ)
A. auroraは、原殻の特徴から、現在も生息するミツクチキリオレガイ類と推察されるという。ミツクチキリオレガイ類の巻き方は、左右どちらも存在するが、海生巻貝類としては左巻きの方が希なことから、これまで「右巻きの先祖から左巻きが派生した」とする仮説が提唱されていた。しかし化石記録はその逆で、これまで最古の右巻き種が約5000万年前、最古の左巻き種が約6100万年前のため、その点が指摘されていた。しかし、今回のA. auroraの発見で、右巻き種の化石記録が約7500万年遡り、「右巻き→左巻き」仮説を支持することになった。
- Stuoraxis kasei(ステュオラクシス・カセイ)
tuoraxis属は、直径1mm程度の平巻き型の巻貝で、非公式群ではあるが「原始的異鰓類」に含まれるグループだ。これまでペルム紀~ジュラ紀の地層から5種が知られていたが、それらとは特徴が異なる上、白亜紀からは初産出となった。なお学術名後半の「kasei」は、銚子層群を含む日本の中生代の地層から産出する巻貝化石を網羅的に研究し、多くの新種を記載した科博の加瀬友喜博士(現・神奈川大学)に献名されたもの。
なお、銚子層群の巻貝化石は、1980年に12種類が記載されていたが、今回発見されたような小さな種類は報告されていなかったという。今回の新種発見は、銚子層群の巻貝化石としては、42年ぶりのことになった。また、これまでの研究によって、銚子層群の巻貝化石は24種類となり、そのうち新種とされたものは1980年に記載された10種と、今回の6種をあわせて16種となったという。
研究チームでは、ある分類群の種の多様性を明らかにするためには、大型種だけではなく、微小種の存在に目を向ける必要があるとしている。軟体動物、特に巻貝類は微小種からなる分類群が多く、たとえば熱帯域では現生種の半分以上を占めるともいわれており、そうした微小種の発見は、真の多様性に迫るためには重要な意味を持つためだという。
発見された微小種の中には、当時汎世界的に生息していたグループだけでなく、これまで三畳紀の地層からしか発見されていなかったグループ(Ampezzopleurinaeの巻貝)や、新生代になって繁栄するミツクチキリオレガイ類の最古の種類(Antiphora aurora)なども含まれることが判明したほか、沈木が形成する還元的な微小環境に生息した可能性がある種(Stuoraxis kasei)も存在するなど、巻貝類の進化史に新しい知見を加えることができたと研究チームでは説明している。
さらに、自然誌資料の中には、乱獲や産地の消失などで将来的なフィールドでの採集が困難、あるいは不可能になってしまったケースがあり、今回の発見につながった岩石も、消失のおそれがある化石産地より得られたものだという。それを発見者の山田氏が公的機関において収蔵・保管すべきものと判断したことにより、博物館に寄贈され、そこから新しい発見が得られたということは、博物館の自然誌研究や保管機能の重要性を改めて示すものだともしている。千葉県立中央博物館では、今回の新種の巻貝を1月8日から一般公開中だという。