慶應義塾大学(慶大)と理化学研究所(理研)は1月6日、量子もつれと量子測定の強さの競合によって生じる「量子測定誘起相転移」が発現するための新たな条件を発見したと発表した。

同成果は、慶大大学院 理工学研究科の湊崇晃大学院生、慶大理工学部 物理学科の杉本高大助教、同・齊藤圭司教授、理研 革新知能統合研究センター 数理科学チームの桑原知剛研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会が刊行する主力学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

ミクロの世界を扱う量子力学では、マクロの世界、いわゆる古典力学の世界にはない不思議な性質がいくつも存在している。例えば原子核の周囲を回っている電子の位置はミクロで見ると確率的にしか表すことができない。こうした電子を含めた粒子の状態は、観測した瞬間に確率的なものではなく、位置が決められることとなる。こうした「量子測定」を続け、観測(見る)頻度(強度)を極端に上げると、有限の速さで動いていた状態であっても止まってしまうという。こうした量子力学の世界での測定は、極端な「眼力」によって状態を止めてしまうことが原理的に可能であり、「量子ゼノン効果」と呼ばれている。

  • 量子もつれ

    量子力学における量子測定とゼノン効果の概念図 (出所:慶大プレスリリースPDF)

この量子測定にも関わる、量子力学の世界の外せない不思議な性質として、2つの粒子の間に特別な関係が生じている状況、いわゆる「量子もつれ(量子エンタングルメント)」がある。近年、研究が盛んに進められている量子コンピュータを用いた量子計算においては、この量子もつれを上手に使うことが重要と考えられているほか、量子計算の計算結果は、量子測定によって与えられるとされている。

  • 量子もつれ

    量子もつれの概念図。量子もつれにある粒子1と2は、どれだけ離れていても、一瞬にして情報を伝達するような不思議な現象を見せる (出所:慶大プレスリリースPDF)

多数の粒子が相互作用する量子多体系を考えた場合、最初に量子もつれがない状態から出発して時間発展させると、一般的に量子もつれは時間とともに増大していき、採取的には全粒子が複雑にからみ合った量子もつれ状態になると考えられているが、そうした量子多体系の各部分を、頻繁に量子測定し、その頻度を増していくと、量子もつれを増大させる量子力学的時間発展の効果と、量子測定によって状態変化を阻害する効果との間に、ある種の競合が生じることが期待されており、その結果として、ある頻度で量子もつれの増大率が変化しなくなる相転移現象が生じるとされている。こうした相転移現象は、近年「測定誘起相転移」現象と呼ばれ、議論されているという。

この相転移現象の主な研究対象は、隣接する相互作用のみを考えた量子回路を使った系であり、一般的な系においてこの現象がそもそも発現するのか、そして発現するとしたらその特徴をどう捉えることができるのかなどが未解決な重要な課題とされてきた。

今回、研究チームでは、測定誘起相転移がどの程度広範囲な物理系において発現するのかという疑問の解決に向け、これまで研究されてきた短距離の相互作用のみが働く系を超えて、長距離にも働く相互作用系を考えることにしたという。

重力や電子間に働くクーロン力、水分子のような極性分子の間に働く力、またミクロな磁石の構成分子の間に働く力のような、遠くまで到達する力「長距離力」ポテンシャルは一般に、距離rの関数として「1/rα」で表現されるが、近年の冷却原子系の実験的な進展により、このパラメータαを制御することができるようになってきたという。

長距離力がある系では瞬時に2つの粒子が影響し合うことができるため、量子もつれは短距離相互作用系よりも増大してしまいそうに見えることから、今回の研究では、長距離力を持つ量子多体系における測定誘起相転移現象が発現する条件を考察。d次元の長距離相互作用系を考え、量子もつれの成長率を解析することにより、測定誘起相転移現象が発現する十分条件が求められたところ、系のハミルトニアンが2次形式で表される系では、「α>d/2+1」が条件となり、それ以外の一般的な系では、「α>d+1」が条件になることが見出されたという。

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    (左)量子多体系に量子測定をする概念図。(右)測定誘起相転移 (出所:慶大プレスリリースPDF)

研究チームによると、高次元系での発現条件を簡潔な式として示した研究はほかになく、この条件を高次元系において、数値計算などで確かめることが今後の課題となるとしているほか、今回の研究での量子測定について、典型的な量子散逸として捉えることが可能だとしており、量子コンピューティングにおける、量子もつれへのノイズの効果を理解する上で、さまざまな示唆を得る事につながることが期待されるとしている。

  • 量子もつれ

    長距離力の概念図 (出所:慶大プレスリリースPDF)