「Beyond Marketing」をコンセプトにマーケティング以外の領域にもCDP(カスタマーデータプラットフォーム)を展開しているトレジャーデータ。昨年11月には、2億3400万ドル(約260億円)の資金調達を発表し、事業を大きく拡大しようとしている。そこで、創業メンバーの一人で、昨年6月にCEOに就任した太田一樹氏に、今後の戦略を聞いた。なお、インタビューは昨年の11月24日に行っている。

  • 米トレジャーデータ(Treasure Data) 最高経営責任者(CEO) 太田一樹氏

太田一樹 米トレジャーデータ(Treasure Data) 最高経営責任者(CEO)
1985年4月 大阪府生まれ
2011年に米トレジャーデータを芳川裕誠氏(現取締役会長)、古橋貞之氏(現チーフアーキテクト)と共にでシリコンバレーで起業し、最高技術責任者(CTO)に就任の後、2021年6月、最高経営責任者(CEO)に就任。
トレジャーデータ以前は、東京大学理学部情報科学科に在学中からプリファードインフラストラクチャーの最高技術責任者(CTO)として在籍。また、エンジニアとしても、オープンソースコミュニティに貢献しており、同社に在籍期間中にHadoopに出会い、2009年に「Hadoopユーザーグループジャパン」を創設。
2008年『東京大学理学系研究奨励賞』を受賞。著書に『Hadoop徹底入門』(共著)がある他、オープンソースおよびHadoopに関する多数の執筆活動、講演活動を行っている

現在、Armやソフトバンクとの関係はどうなっていますか?

太田氏:2018年にトレジャーデータはArmに買収され、100%子会社になりました。現在、NVIDIAがArmを買収しようとしています。これはまだ承認がおりていませんが、NVIDIAのCEOのジェンスン・フアン(Jen-Hsun Huang)氏も言う通り、トレジャーデータは買収対象に入らず、2020年から分離を前提として経営を行っています。そして、2021年6月25日付で、ソフトバンク・ビジョン・ファンドからの出資を受け入れています。

ソフトバンクとは密に連携しており、ソフトバンクや博報堂と設立したジョイントベンチャーであるインキュデータを中心に、トレジャーデータの販売活動を続けてもらっています。現在は国内で販売していますが、今後はAPACなどの諸外国での販売連携も図っていきます。

われわれはグローバルで500名程度いる従業員のうち、営業が数十名という体制です。ソフトバンクのグローバルなブランドや営業力、孫さんをはじめとした経営陣からワンステップで世界中の経営者に会いにいけるという部分でも、非常に大きなシナジーを感じています。

Armの傘下に入ったときには、IoTのビジネスを一緒にやっていこうという狙いがあったのでしょうか?

太田氏:もちろんその部分に関して両社の方針が一致したため買収されました。Arm傘下のときは、ArmのIoT戦略の中のトレジャーデータという位置づけでしたが、現在は、トレジャーデータ単独での事業となっています。以前はIoT戦略の中のデータという位置づけでしたが、現在は、IoTはトレジャーデータが扱うデータの1つという形に変わっています。

新型コロナウィルスの業績への影響は?

太田氏:世の中的には経済が停滞した面もありますが、SaaSはほとんどの企業が成長を加速しています。これは、顧客の行動がデジタル化しているため、デジタルチャネルで勝ち残っていくことが、企業の存亡に関わっているためです。コマース、接客、カスタマーコミュニケーション領域のベンダーは成長率が高いので、われわれもその追い風に乗っているところはあります。日本が他国と違うという感じはしません。

最近、「Beyond Marketing」というメッセージを出し、マーケティング以外の領域もターゲットにしていますが、その背景は?

太田氏:顧客接点をデジタル化していく中では、データが重要です。データを使う際には、プライバシーが大きな問題になってきており、消費者からデータを集めるという時代は終わり、承認を得てデータを集め、顧客体験に対して還元する形で使うことが求められています。この2つのトレンドがCDPが必要とされる背景です。

これまでは、マーケティング領域でのデータ活用がほとんどでしたが、顧客ジャーニーはそれだけではありません。コンタクトセンターでの対応も顧客ジャーニー上に含まれます。顧客にとっては、企業に提供するすべてのデータが重要です。そして顧客データはどのチャネルで使っても顧客価値に還元できるものだと思います。これまでCDPというと、マーケティングのユースケースが多くを占めていましたが、われわれは概念を拡張して、「あらゆる顧客ジャーニーのタッチポイントでデータを使って顧客をもてなしましょう」という提案をしたいと思っています。

トレジャーデータ CDPの他社との差別化ポイントは?

太田氏:CDPは現在150社くらいのベンダーが提供しています。このうち10社くらいがセールスフォース、アドビ、オラクルといったスイートベンダーです。これらのベンダーは「自社製品のデータをCDPで統合できます」というアプローチです。ガートナーの分析では、2-3割のマーケターは1つのベンダーから買いたいということですが、残りの7割はCRMであればセールスフォース、Web分析であればAdobe Analyticsというように、Best of Breed(ベストオブブリード)で、複数ベンダーの製品を使います。トレジャーデータは独立したベンダーとして、どのマーケティングクラウドとも連携できるようになっています。その7割の領域をわれわれはターゲットとしています。これが巨大なITベンダーに対する差別化要因となります。

もう1つは、エンタープライズに特化している点です。スイートベンダー以外のベンダー製品は、主にSMBに導入されています。われわれのデータセンターは世界中に複数あります。ヨーロッパのデータはそれ以外の地域に出していけないなど、データ規制が強化されていますので、何十カ国でビジネスを展開しているお客様は、トレジャーデータ以外に選択肢がありません。そのため、グローバルブランドのエンタープライズ企業は、トレジャーデータがデファクトになっています。それが大きな差別化要因の一つになっています。そのために、セキュリティやコンプライアンスも他社とは投資の仕方が異なります。

先日、ソフトバンクや投資会社のCarbide Ventures等から、2億3400万ルの資金調達を発表しましたが、この資金はどのように利用するのでしょうか?

太田氏:6割がセールスとマーケティング、カスタマーサクセスの領域で、35%くらいがプロダクト開発とR&D、残りの5%程度がG&A(一般管理費)です。次の約15カ月で、人員を今の500名から700名程度に増やし、次の3年で2倍の1000名(いずれもグローバル全体で)に増やしたいと思っています。今、われわれの売上は、日本とグローバルで半々ですが、本来のマーケットサイズからすると北米とヨーロッパはもっと加速できると考えており、北米とヨーロッパは注力エリアの一つです。

「Beyond Marketing」として、今後、拡大していきたい領域は?

太田氏:まずは、コンプライアンスやデータガバナンスです。CCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)やGDPR(EU一般データ保護規則)という流れがあります。例えば40カ国がCCPAのような法律を導入するとすれば、企業は40カ国に対応する必要があります。それをソリューション化すれば、トレジャーデータの競争力はさらに高まると思います。

また、デマンドの情報を使ってサプライヤー系(物流)を調整できるようにすることの要望はお客様からもいただいていますし、コマースとCDPをどう連携していくかはアイデアがあります。

昨年の9月の発表会でSMB市場も強化するとのことでしたが・・・

太田氏:トレジャーデータの規模を広げるためには、1つ目にプロダクトラインの拡充、2つ目に地域の拡充があります。そして3つ目としてバイヤーの拡充があり、エンタープライズやSMBなどいろいろあります。昨年9月の発表のとおり、SMB向けにはパートナーシップを強化し販売拡大を図っていきます。この部分は実験をしながら、パッケージの機能の一部を縮小するなどして、もうしすこしライトな形で販売できないかということは常に模索しています。この部分はわれわれのDNAにはない部分だと思うので、大きなチャレンジになると思います。