東京大学(東大)などの研究チームは12月28日、微量のタングステン(W)を添加した酸化スズ(SnO2)薄膜が、一般的な太陽電池用透明電極が苦手とする赤外光での発電も可能とする理由が、Wが5価の陽イオンとしてSnO2結晶中のSn原子を置換することで、高い電子移動度を発現することにあること、ならびにタングステンのd軌道と酸素のp軌道の混成によって5価の状態が安定することを突き止めたと発表した。
同成果は、東大大学院 理学系研究科 化学専攻の福本通孝大学院生(研究当時)、同・廣瀬靖准教授、同・長谷川哲也教授、名古屋工業大学(名工大)の林好一教授、同・木村耕治 助教、筑波大の関場 大一郎講師を中心に、ノルウェー科学技術大学、ロンドン大学の研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、ナノテクノロジー・化学・物理学・生物学など、材料科学に関する学際的な分野を扱う学術誌「Advanced Functional Materials」に掲載された。
太陽電池で発電した電力を外部の回路に取り出すために、入射光に対して透明で高い電気伝導性を示す透明電極が用いられる。ドナー不純物としてスズ(Sn)を添加した酸化インジウム(In2O3)や、フッ素を添加した酸化スズ(SnO2)が実用的な透明電極として用いられているが、これらの材料は伝導電子の移動度が低いという課題があり、高い電気伝導性を得るため、高濃度の電子がドープされている。
近年、太陽光発電のさらなる高効率化のため、可視光だけでなく赤外光での発電も可能な太陽電池の開発が盛んに進められている。しかし、高濃度の伝導電子は赤外線を反射する性質があることから、赤外光の利用効率が低いという課題を抱えていた。そのため、低い電子濃度でも高い電気伝導性が得られる高移動度の透明電極材料が求められているのである。
そうした中、最近になってIn2O3やSnO2といった伝導帯が金属のs軌道からなる酸化物半導体にドナー不純物として遷移金属を添加すると、高移動度の透明電極となることがわかってきた。これは、ドナー不純物のd軌道が酸化物半導体の伝導帯と混成せず、電子状態を乱さないためと考えられているという。
これらの物質では、ドナー不純物のd軌道のエネルギーが分裂することで安定な電荷状態が変化するが、移動度を低下させる要因であるイオン化不純物散乱が最小となる母結晶の金属イオン(In3+やSn4+)よりも+1だけ価数の大きな状態を安定化することが重要となるとされている。しかし、そのような電荷状態を安定化する機構や方法は完全には確立されていなかったという。
そこで研究チームは今回、パルスレーザー堆積法を用いて、ルチル型結晶構造を持つSnO2にドナー不純物としてWを添加した単結晶薄膜を酸化アルミニウム基板上に合成し、電気伝導特性の調査を実施した。Wの添加量を最適化することで、シート抵抗13Ωsq-1と波長2μmの赤外光に対し、約80%の光透過率を持つ赤外透明電極の合成に成功したという。
添加したWの位置や電荷状態を調べたところ、WがSnO2中のSn4+よりも+1だけ価数の大きな+5価(W5+)としてSnを置換し、イオン化不純物散乱が抑制されていることが確認できたという。
さらに、6族の元素であるWがSnO2結晶中で+5価の状態で安定に存在する機構について、第一原理計算を用いて調査を行ったところ、Wの5d軌道について、(1)バンドギャップ内の深い準位と、(2)伝導帯下端よりも高エネルギーの準位に分裂。(1)の準位が電子を1つトラップした高スピン状態となり、(2)の準位が電子を1つ伝導帯に放出することで+5価の状態が安定化することが判明したという。
また、このWの5d軌道の分裂は、周囲の酸化物イオン(O2-)の負電荷による効果(結晶場分裂)では説明することができず、O2-のp軌道との混成によって引き起こされている(配位子場分裂)ことも判明したとする。
遷移金属酸化物において、配位子場分裂が遷移金属イオンのd軌道の分裂に影響を与えることはよく知られていたが、これまでの透明電極の研究では、添加した遷移金属化合物に対して結晶場分裂の効果しか考慮していなかったという。
そのため研究チームでは、今回の研究成果に基づき、配位子場分裂の効果まで考慮することで、酸化物半導体中の遷移金属の電荷状態のより正確な予測や、新たなドナー不純物の探索が可能になるとしており、今後のより高性能な赤外透明電極の開発を通じて、近赤外光を利用する次世代太陽電池の変換効率向上に寄与することが期待されるとしている。