広島大学は12月28日、ダークマターの源となり得る「アクシオン」などの未発見の素粒子を、2波長のレーザーを用いて間接的に探索する「SAPPHIRES(サファイア)国際共同実験」の最初の実験を実施したところ、今回のレーザーの出力では未知粒子の介在は確認できなかったが、今後の検出に向けた条件絞り込みつながる成果を得たと発表した。
同成果は、広島大大学院 先進理工系科学研究科の本間謙輔准教授、同・桐田勇利大学院生らが参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、理論物理学および実験物理学を扱った学術誌「Journal of High Energy Physics」に掲載された。
SAPPHIRES国際共同実験が検出を目指しているダークマターは、宇宙中にあふれかえっており、銀河や銀河団、そして宇宙の大規模構造の誕生に関わったと考えられているが、我々の身の回りにある通常の物質や検出可能な素粒子などとは、重力を除けばほぼ相互作用することがないため、その存在は間接的に示されるにとどまっている。
そのため、これまでもさまざまな候補が出てきたが、多くの実験などで否定されて消えていき、今もって正体はわかっていない。それでも科学者はさまざまな候補を考え出し、現在有力視されている1つが、未発見の素粒子の1つであるアクシオンである。
アクシオンを検出できればダークマターの一部、もしくはすべてを検出したことになる可能性がある(ダークマターには複数の未発見の素粒子が含まれる可能性もある)が、ダークマターの特徴である、ほかの物質や素粒子などとは重力以外ではほぼ相互作用しないという点から直接検出は、現在の人類の科学力では困難と考えられており、間接的な方法によってその存在を導き出そうと、さまざまな実験が国内外で行われ、また計画されている。
SAPPHIRES国際共同実験は、光子と光子を真空中で衝突させ、アクシオン的粒子(アクシオン的な特徴を備えた未知の素粒子)を実験室で直接的に生成し、同時に2つの光子に崩壊することを誘導することで間接的に観測することを目指した取り組みで、世界最高強度級のレーザーを有する欧州連合内ルーマニアに建設されたExtreme-Light-Infrastructure 原子核部門(ELI-NP)を拠点とする研究者らとの国際共同研究となっている。また今回の研究は、京都大学化学研究所(ICR)内のレーザーを用いた予備的探索の経験をもとに、設計・製作されたELI-NPにおける探索系への拡張可能性を、共同探索第1弾として示したものとなるという。
実験内容としては、緑のレーザービームを集光させると、そのビーム内で起こる準平行光子-光子衝突においてダークマターとなり得るアクシオンなどの未知の素粒子の生成と崩壊を介した散乱が起こり得る。このとき、赤のレーザービームも同じ時空間中であらかじめ混合しておくと、長寿命のダークマターの光への崩壊を誘導でき、その際、エネルギー・運動量保存の関係から青い光を信号として利用することが可能となる。今回の探索では、真空容器内に残余する原子が最大の背景事象(ノイズ)を作るもととなるため、真空容器内圧力を徐々に下げながら、信号光の有無が検証された。
その結果、大気圧の10万分の1以下で残余原子からの寄与が消え失せ、それよりもさらに低い圧力では、信号光が見えない観測結果が得られたとした。この観測結果から、未知の素粒子の2光子への結合定数と未知の素粒子の質量に対する棄却領域を提示することが可能となったとする。また、今回の実験からはアクシオンを発見ができなかったものの、それでアクシオンは存在しない、という結果が出たわけではなく、アクシオン検出のためにはさらにレーザーの出力を上げて感度を向上させることが必要だとしている。
これは今後につながる成果を得られたということを意味するものだと研究チームでは説明している。ちなみに、2020年6月17日、東京大学、名古屋大学、神戸大学などの研究者が参加する国際共同研究チームが、イタリアのグランサッソ国立研究所の地下研究所において2016年から2018年まで実施したXENON1T実験により、太陽で生成されたアクシオンの可能性を示す兆候が確認されたと報告しているが、その際の兆候から推定される(太陽)アクシオンの質量が0.1eVから数十eV付近であるため、同程度の光子エネルギーを有するレーザービームで探索するのが理にかなっているという。
なお、研究チームでは、今回の実験は予備的探索に相当しており、今回の研究のように実験室で直接アクシオンを光から作り出して壊す以上に明瞭に正体を暴ける方法はほかにはないため、今後はレーザー光を高強度化することによる感度向上が進むことが期待されるとしている。