米国航空宇宙局(NASA)などは2021年12月9日、X線偏光観測衛星「IXPE」の打ち上げに成功した。

IXPEは、超新星残骸や超巨大ブラックホールなどの高エネルギー天体から放たれるX線の「偏光」を観測。宇宙で最も強烈で謎に満ちた天体を、これまでにない新しい方法で見ることで、その謎を解き明かすことを目指している。

  • IXPE

    IXPEの想像図 (C) NASA

IXPEは、米宇宙企業スペースXの「ファルコン9」ロケットに搭載され、日本時間12月9日15時ちょうど(米東部標準時1時ちょうど)、フロリダ州にあるケープ・カナヴェラル宇宙軍ステーションから離昇した。

ロケットは順調に飛行し、離昇から約33分3後にIXPEを分離。打ち上げは成功した。

ロケットから分離された約1分後、IXPEは太陽電池パドルを展開。約40分後には最初のテレメトリー・データの受信にも成功し、正常に稼働していることが確認されている。

IXPEの観測開始--ファーストライト--は2022年1月の予定で、約2年間の科学観測ミッションが予定されている。

  • IXPE

    IXPEを搭載したファルコン9ロケットの打ち上げ (C) SpaceX

IXPEが切り開く「X線偏光天文学」

IXPE(Imaging X-ray Polarimetry Explorer)は、NASAとイタリア宇宙機関(ASI)の共同ミッションで、ブラックホールやパルサー、マグネター、超新星残骸、活動銀河核といった、高エネルギー天体から放たれるX線の「偏光」を観測することを目指している。

レントゲンでもおなじみのX線は高エネルギー光の一種で、激しい衝突、大爆発、1000万度の高温、高速回転、強い磁場など、物質が極限状態にあるところから発生する。

こうしたX線は、それを生み出した現象についての詳細な情報を含んでおり、たとえば天体から出たX線を調べれば、その天体について詳しく知ることができる。ただ、X線は地球の大気によって遮られ、地上には届かないため、宇宙望遠鏡や天文衛星など、宇宙に置いた望遠鏡を使わなければ見ることができない。

これまでNASAをはじめ、世界各国がX線宇宙望遠鏡や天文衛星を打ち上げ、数多くの成果を残してきたが、IXPEはX線の偏光を観測することに主眼を置いている。

偏光とは、進行方向に垂直な面内で、電界や磁界が時間的・空間的に規則的な振動をしながら進行する光、またその物理量のこと。たとえば雪面で反射した太陽光は、雪面と平行な方向に波が偏ることが知られており、スキーのゴーグルはこの偏光をうまく利用することでまぶしい光をカットし、風景をはっきりと見えるようにしている。

IXPEも同じように、天体からのX線の偏光を測定することで、その光がどこから来たのか、そしてその光源の形状や内部構造がどうなっているのかを分析することができる。

IXPEは NASAにとって初のX線偏光を観測する衛星となる。また、過去に打ち上げられた他国の衛星に比べても、2桁以上の高い偏光検出感度を実現しており、高感度のX線偏光観測に特化した世界初の衛星でもある。

IXPEは、NASAのX線宇宙望遠鏡「チャンドラ」をはじめとする宇宙望遠鏡の発見をもとに、X線光の偏光量と偏光方向を測定。これにより

  • ブラックホールはどのように回転しているのか
  • 銀河系(天の川銀河)の中心にある超巨大ブラックホールは、過去に周囲の物質をどのように吸い込んできたのか
  • パルサーはどのようしてX線で明るく輝いているのか
  • 銀河の中心にある超巨大ブラックホールの周辺から放出される高エネルギー粒子のジェットは、どのような力によって生み出されているのか

といった、科学者の長年の疑問に答えることが期待されている。

また、それらの研究を通じ、一般相対論などの基礎物理を検証することもでき、さらに「X線偏光天文学」という新しい分野の開拓も期待されている。すでに、IXPEが大きな成果を出すであろうこと、そしてX線偏光天文学という分野が切り拓かれるであろうことを見越して、日米欧および欧中の各研究グループにより、次世代のX線偏光観測衛星も計画されている。

  • IXPE

    IXPEの想像図 (C) NASA

IXPEの詳細

IXPEは、NASAの「SMEX(Small Explorers)」という、低コストな科学ミッションのプログラムのもとで開発された。総コストは約1億6000万ドルになる。

衛星の寸法は1.1m×1.8m、太陽電池パドル展開時の翼長は2.6m、打ち上げ時の質量は325kg。赤道上空の高度600kmを回る軌道で運用される。

観測機器としては、同じ形の望遠鏡を3台搭載。各望遠鏡には、円筒形の鏡(光学系)と高感度検出器が搭載されており、鏡は天体からのX線を集め、検出器に集光。検出器はその入射したX線から像を作り出し、そして偏光を測定する。

この望遠鏡は、打ち上げ時には短く収容されており、宇宙空間でねじるようにして伸展する。完全に伸展した際の長さは5.2mにもなる。この伸展機構は折り紙に着想を得たもので、英語でも「Origami Boom」と呼ばれている。

開発、製造は、米国の航空宇宙メーカーであるボール・エアロスペースが担当した。計画はNASA、ASIの主導のもと、12か国の大学や機関、企業が参画。理化学研究所、名古屋大学が観測機器の一部を提供しているほか、山形大学、広島大学も参画するなど、日本も重要な役割を果たしている。

  • IXPE

    望遠鏡のブームを伸ばし、試験中のIXPE (C) Ball Aerospace

IXPEは当初、ノースロップ・グラマンが運用する空中発射型の小型ロケット「ペガサスXL」によって打ち上げられる予定だったが、予算の都合により延期。そんな折、2019年にスペースXが、「ファルコン9を使えば5030万ドルで打ち上げられる」と提案。ペガサスの打ち上げ費用よりも安価な、破格の値段だったため、NASAは新たにスペースXと打ち上げ契約を結んだ。

大型ロケットのファルコン9にとって、質量325kgのIXPEの打ち上げはかなりの能力過剰であるばかりか、これまでに打ち上げた中で最も軽いペイロードとなった。一方で、その過剰な能力を活かし、当初計画されていた高度540kmの軌道から、より観測に適した高度600kmの軌道に投入することが可能となった。

IXPEは今後、約1か月をかけて機器の調整など観測に向けた準備を行い、ファーストライトは来年1月の予定。最初の観測対象は、チャンドラのファーストライト観測の対象でもあった超新星残骸の「カシオペア座A」が予定されている。

科学観測ミッションは2年間の予定で、最初の1年で約40個の天体を観測し、2年目にはさらに詳細な追跡観測を行う計画となっている。

NASAのトーマス・ザブーケン(Thomas Zurbuchen)科学局長は「IXPEは、驚くべき初めての試みのひとつです。爆発する星や銀河の中心にあるブラックホールなど、私たちを取り巻く激しい宇宙を、これまで見ることができなかった方法で見せてくれることでしょう」と語る。

「イタリアをはじめとする世界中のパートナーとの協力により、今後何年にもわたって宇宙に対する我々の理解を推し進めるであろう新しい宇宙天文台をつくり出すことができました」。

また、IXPE主任研究員を務める、NASAのマーティン・ワイスコフ(Martin Weisskopf)氏は「私は1970年代に、衛星でX線偏光を観測しようというアイディアを思いつきました。それから何十年にもわたって取り組んできたことがついに現実となり、宇宙へ打ち上げられる光景を見るのは、なんとも言えない気持ちです」と語る。

「IXPEのミッションはまだ始まったばかりです。これからが本番です。しかし、今夜はお祝いです!」。

参考文献

NASA Launches New Mission to Explore Universe’s Most Dramatic Objects | NASA
IXPE: About
IXPE Mission - SpaceX - Updates
Imaging X-ray Polarimetry Explorer(IXPE)
ブラックホールを観測する新しい手段の開拓 | 理化学研究所