バイオ・抗体医薬品の開発やがん領域に強みを持つ研究開発型医薬品メーカーとして、ヘルスケア産業のトップイノベーターを目指す中外製薬。同社はDXを成長のキードライバーの1つとして位置付け、「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」というビジョンの下、全社を挙げてDXに取り組んでいる。
11月24日に開催されたビジネス・フォーラム事務局×TECH+フォーラム「経営とIT Day 2021 Nov.」では、中外製薬 執行役員 デジタル・IT統轄部門長 志済聡子氏が、同社のDXにおけるビジョンや戦略、具体事例と共に、DXを成功に導く重要なポイントについて解説した。
変革期にある製薬産業の現在地とDXの必要性
医薬品開発は、アイデア着想からスクリーニング、非臨床試験、臨床試験などを経て、医薬品として発売されるというプロセスを踏む。この間、さまざまなトライアンドエラーがあり、医薬品開発には10~15年という長い年月が掛かる。さらに、近年では、年々上昇する医薬品開発のコスト、および新薬開発の生産性低下も問題となっている。特に長い期間を要する第Ⅱ相・第Ⅲ相臨床試験では、十分な有効性と安全性を確保できないことがネックになるケースが多い。志済氏によると、こうした要素をAIなどのテクノロジーを用いて事前に予測できれば、開発期間の短縮、コスト削減、成功確率の向上が期待されるという。
また、業界としては、産業の枠を超えた動きが加速している。伝統的な製薬企業は医療領域の中で治療領域のプレイヤーとしての役割を担ってきたが、昨今は、予防・診断や予後の領域などにも事業を拡大しつつある。規制緩和の動きもあり、スタートアップ企業も含めデジタルテクノロジーを使って挑むプレイヤーが続々と業界へ参入しており、製薬企業にとっては、従来の治療の領域に加え、新たな領域でも患者への理解を深め、より良い医薬品開発に取り組んでいかなければならない時代が到来しているといえる。国レベルでも医療におけるデータ活用やデジタル技術の導入が推奨されるなど、DX推進の必要性が叫ばれている状況だ。
中外製薬のDXにおけるビジョンとその推進体制
こうしたなか中外製薬は、2030年に向けた新成長戦略「TOP I 2030」を掲げ、R&Dのアウトプット倍増と自社グローバル品の毎年上市を目指すと発表。DXをその1つの柱に位置付け、「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」の下、デジタル技術によって中外製薬のビジネスを革新し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供するトップイノベーターになるとの考えを表明している。その基本戦略は、「デジタルを活用した革新的な新薬創出」「全てのバリューチェーン効率化」「デジタル基盤の強化」の3つだ。
そこに向けてDXを全社的に展開していくためには、トップのリーダーシップ、明確なビジョンと戦略、推進体制の確立、人財強化、組織風土改革といった要素が必要になるとする志済氏。「R&Dだけでなく、全ての部門によるDXへの貢献が求められている。社員一人一人が自分ごと化することが重要」とした上で、中外製薬のDX推進体制について説明した。
同社では、DXU(デジタルトランスフォーメーション・ユニット)と呼ばれるDX推進組織が2022年1月より始動する予定となっている。DXUの下には、デジタル戦略推進部とITソリューション部を設ける。前者はさまざまな部門から人員を集め医療・IT混成のプロ集団としてDXの全社推進を担い、後者は従来のITソリューションのプロ集団として、ITの企画・開発・推進・モニタリングを推進する。志済氏によれば、両者が一体となりDXを進めていくことがポイントだという。
また、月に1度、全ての部門長が参加するデジタル戦略委員会を開催し、デジタル・ITの戦略や投資の判断などを行っているほか、デジタル戦略推進部のカウンターパートとして、各部署に「デジタルリーダー」と呼ばれるメンバーをアサインすることで、本部のデジタル戦略の共有と横連携を図っていることも、同社のDX推進体制の特徴だ。