冒頭から唐突だが「クックパッド」と聞いて、真っ先に頭に思いつくものとはなんだろうか?筆者は、料理の作り方が分からない際にスマホで検索・投稿できる料理レシピサービスを手がけているイメージが先行するが、多くの読者の方も割と近い感覚なのではないかと思う。

そんなクックパッドが生鮮食品ECの「クックパッドマート」というサービスを提供しているのはご存知だろうか?今回、同サービスのプロダクトを手がける中心メンバーである、クックパッド 買物プロダクト本部 本部長の川原田えり氏に話を聞いた。

生産者の販路拡大に好機あり

昨今、コロナ禍をおいて多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んでいる状況であり、食に関してはUber Eatsをはじめとしたデリバリーサービスは生活の一部として普及が進んだものの、あくまでもデリバリーサービスの中心は「完成品」という形で消費されている。

一方で、農業や水産業などの一次産業、その生産物を扱う卸の業界ではAIやIoTといったテクノロジーの活用で「生産」や「集荷」に関するデジタル化は進んでいるが、生産者に目を向ければ販路拡大やDXという観点でまだまだ伸びしろが残されている状況といっても過言ではない。

クックパッドマートは、生産者や仲卸、地域で人気の食材店などの食材を生活者がスマホのアプリで注文し、受け取り場所に送料無料で届けるサービスだ。同社では、2017年にサービスの検討を開始し、社内で1年半の検証期間を経て、2018年9月から同サービスを提供している。

  • 「クックパッドマート」の概要

    「クックパッドマート」の概要

同サービスをスタートした経緯について、川原田氏は「当社はユーザーファーストの会社であり、これまではユーザーに対して“料理の会社”としてレシピは提供できていましたが、料理をするにあたって必要な買物という観点ではソリューションがない状況でした。昨今では共働き世帯も増え、働き方や生活は多様化しましたが、日常の買物はスーパーマーケットが主体で生協などで食材を入手する方もいるものの、大きな変化はありません。そのため、クックパッドマートは“買物を自由にしたい”という想いでスタートさせました」と話す。

  • クックパッド 買物プロダクト本部 本部長の川原田えり氏

    クックパッド 買物プロダクト本部 本部長の川原田えり氏

単なる買物アプリにしないために

現在、生産者から直接購入できる産直ECサービスはあるものの、生産者からの直売だと単一商品や家庭で使うには多い量しか購入できない、受け取り時に在宅の必要がある、送料が高いなどといった課題もあり、日々の食卓・食事につながりにくい。日々の食事を生産者から購入できる仕組みや、働きながらでもおいしくて新鮮な食材が買えるサービスを目指し、新規事業として始まったという。

その点、クックパッドマートの特徴的なポイントは受け取り方だ。一般的なECでは注文した商品を自宅に届ける場合、コロナ禍で置き配は一般化しているものの、再配達のときは自宅にいなければならないほか、生鮮食品は要冷蔵品もあるため置き配や宅配ボックスの利用が難しいなどの制約があった。

川原田氏は「消費者の方の自宅にとどけるのではなく、居住地域において共同で受け取れるような場所として、駅やコンビニエンスストア、マンションなどに専用冷蔵庫を設置すれば、便利なのではないかと考えました。本当に買物が“自由”になるのか、選択肢が“広がる”のか、日々の料理が“楽しく”なるのか、ということの検証から開始しました」と振り返る。

  • 商品を自宅周辺の共同冷蔵庫で受け取る

    商品を自宅周辺の共同冷蔵庫で受け取る

利用手順としては、まず専用アプリをダウンロードし、受け取り場所を選択したうえで商品を注文する。商品を受け取る際は専用冷蔵庫にQRコードをかざして商品をピックアップするという流れ。現在、ファミリーマート、ローソンなど大手コンビニエンスストア、東京メトロ、横浜市営地下鉄の駅構内、マンションなどを受け取り場所として指定できる。

  • 利用手順

    利用手順

  • 共同冷蔵庫はセキュリティも担保している

    共同冷蔵庫はセキュリティも担保している

サービスを構築する際に留意した点として、川原田氏は「はじめのころは新しい買物の仕方をどうユーザーに伝えるか、どう体験として設計するかに加え、食材の配送サービスは弊社としても初の試みだったため、温度を維持した状態での配送や一時保管場所における管理方法など、どうすれば鮮度を保持できるかということも多くの試行錯誤を重ねて検討していました」と述べている。

また、単なる買物アプリにしたくなかったため、食卓を想像しながら買物ができるように常に意識しているという。実際に、クックパッドマートは一品からでも送料が無料であり、700以上の出店者の食材(1ステーションで受け取りが可能な品目数は平均で数千種類)が購入できる。さらに、好きな日時/場所で受け取りが可能なほか、フィードバック機能により作り手に意見や感想がアプリ上で直接伝えることができる。

  • 消費者側のメリット

    消費者側のメリット

効率的な配送の実現に向けて、あえて自社で物流網を構築

流通は既存の大手配送業者を使わずに、当初から自社で手がけた。そして、通常の流通よりも生産者の梱包負荷を軽減し、温度管理をすることで、鮮度を保った状態で届けることを可能としている。

  • 従来の物流

    従来の物流

  • クックパッドマートはラストワンマイル問題を解決し、送料無料を実現している

    クックパッドマートはラストワンマイル問題を解決し、送料無料を実現している

川原田氏は「効率的な配送など、サービスの最適解を常に模索しています。サービス開始当初は個々の店舗に商品を直接取りに行っていましたが、1つずつ取りに行くと1か所で集荷できる商品が限られてしまっていました。試行錯誤の末、現在はさまざまな地域で生産者が共同で出荷する場所、特に市場などは仲卸、生産者の方々が集まっている場にクックパッドマートの共同集荷場所を整備し、納品用冷蔵庫(セルステーション)を設置しています。そして、当社が業務委託しているドライバーの方が集荷し、自社で開発したドライバー専用アプリで商品配送を指示するという仕組みです」と説明する。

  • 自社で物流網を構築することで効率化を図っている

    自社で物流網を構築することで効率化を図っている

これにより、例えば1台で従来は5店舗しか集荷できなかったが、5か所の共同集荷場所があれば20~30店舗の商品を集荷できるようになっている。

梱包も段ボールではなく、スーパーに陳列されているような、ビニールやトレイなどで個梱包し、コンテナに入れている。例えば、50人分の注文を段ボールや緩衝材を使って梱包することは生産者には手間がかかるが、クックパッドマートは特に意識することなくポストに入れるような感覚で作業ができ、出荷が楽になったという声もあるようだ。

この点について、川原田氏は「あくまでも当社は流通のプラットフォームを提供している立場であり、経路を持っているだけで販売しているのは生産者をはじめとした出店者の方たちです。そのためパッケージングも含め、消費者に対して、どのように“魅せるか”はお任せしています」と話す。

川原田氏によると、最初はビニール袋に単純に包装・販売していた出店者もドリップが気になるからと、自前でシーリングして真空パックのような包装に切り替えるなど工夫している。また、クックパッドマートのフィードバック機能や効果的なSNSの使い方ができる生産者・販売者は消費者の声を吸い上げて、クックパッドマートで商品化につなげている。

同氏は「出店者の方が試行錯誤できるように私たちが簡単な仕組みを用意し、楽しんで取り組んでもらいたいですね」と声を弾ませる。消費者と出店者の距離が近いこともあり、時間の経過とともに消費者に配慮したパッケージングや商品化の技術を出店者が身に着けており、積極的に“ハック”しているという。