国立天文台(NAOJ)、京都大学(京大)、兵庫県立大学の3者は12月9日、京大 岡山天文台の「せいめい望遠鏡」や兵庫県立大 西はりま天文台の「なゆた望遠鏡」など、複数の望遠鏡による連携観測で、年齢1億歳ほどの若い太陽型星「りゅう座EK星」で発生したスーパーフレアに伴って、「巨大フィラメント」が噴出している様子を分光観測によって捉えられることに成功したと発表した。
同成果は、NAOJ アルマプロジェクト/日本学術振興会の行方宏介 特別研究員(研究当時・京大大学院生)、NAOJ ハワイ観測所岡山分室の前原裕之助教、京大 理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻 宇宙物理学教室の野上大作准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の天文学術誌「Nature Astronomy」に掲載された。
太陽はその破壊的なエネルギーを宇宙空間に放出する荒ぶる瞬間がある。表面で起こる突発的な爆発現象である太陽フレアと、それに伴う質量放出現象の「フィラメント噴出」や、より上層で起きる「コロナ質量放出」である。
太陽フレアは、太陽の一部で起きる現象だが、およそ100垓(1022)から10𥝱(1025)Jとされるほどの膨大なエネルギーであり、太陽フレアに伴うコロナ質量放出などによって高速で放射された荷電粒子や放射線が地球を直撃することで、さまざまな被害が生じることが分かっている。
例えば観測史上最大といわれる1859年に発生したキャリントンフレア(100𥝱、1026J)では、当時はまだ通信網といえば電報が中心であったが、大きな被害を受けたという。ところが、宇宙は広大で、主に赤色矮星(M型)のような太陽よりも小型の恒星では、キャリントンフレアのおよそ10倍の1000𥝱(1027)Jという「スーパーフレア」が、頻繁に発生することが分かっている。
我々の太陽のようなG型の中規模クラスの恒星には関係ない話かと思われていたが、それを覆したのが、今回の研究チームの一員であるNAOJの行方特別研究員らの研究であった。太陽型星(表面温度が絶対温度5000~6000K程度の太陽によく似たパラメータを持つ恒星)でも、スーパーフレアが発生することが確認されたのである。つまり、太陽でもスーパーフレアは発生する危険性があるということである。
スーパーフレアが万が一地球を直撃した場合、被害は1国のレベルでは収まらず、地球規模の被害を受ける恐れもある。昼の側の国で送電網が大規模に破壊され(その復旧までに10年はかかると考えられている)、また軌道上のGPS、通信、放送、気象予報、災害時の情報収集など、現代社会を支える数々の人工衛星も多数が破壊される可能性があるとされるほか、死者も億単位で出るとする説もある。そのため、近年は宇宙天気予報として、太陽の活動状況の観測が重要視されるようになっている。
また、若い太陽型星はスーパーフレアをより高頻度で起こすことがわかっている。「若い」とは、恒星がその中心で安定して核融合反応を続けられるようになった直後ぐらいの段階を意味し、惑星系はすでに誕生していると期待される時期だ。そのことから、我々の太陽は今は約46億歳と、寿命の半分ほどが過ぎた年齢となって落ち着いているが、もっと若い頃は活発で、スーパーフレアを発生させていたことが推測されている。
このような若い太陽や太陽型星で発生していたスーパーフレアは、地球や太陽系外惑星での生命生存環境の生成・維持にも大きな影響を及ぼしていた可能性が指摘されており、近年注目されている。そうしたスーパーフレアを頻発するような恒星を巡る惑星の場合、放射線の空間線量が10Svほどに至り、地球型生命体にとっては致命的な値となると、研究チームが過去に発表している。
また地球では、樹木年輪の炭素14による分析などから、紀元前5410年、紀元前660年、西暦775年、西暦993年に宇宙線量が増加していることが確認されており、スーパーフレアの可能性も指摘されている。
しかし、太陽型星のスーパーフレアは発生が確認されていても、それに伴う質量放出現象はこれまで検出されていなかった。そのため、どのように惑星環境に影響を与えるのかがまったくわかっていなかったという。
それを検出するには、視線方向の運動を知ることができる分光観測が必要だが、これまでは検出感度の不足・観測時間の不足が理由で、成功に結び付かなかったという。
そこで研究チームは今回、京大の口径3.8mのせいめい望遠鏡と、それを中心とした膨大な観測時間を用いて、太陽型星のスーパーフレアの分光観測データを入手することを計画。同計画を通して、フレア活動が高い太陽型星において、フィラメント噴出のような質量放出現象が実際に発生しうるのかという問いに決着をつけ、惑星環境への影響の有無を観測的に制限することを考えたという。
今回のターゲットとされたのが、約1億歳という若い太陽型星であるりゅう座EK星(北極星の近くに位置する)。我々の太陽は絶対温度で約5800Kで、りゅう座EK星は約5750Kであり、太陽と比較的よく似た構造をしていると考えられている。
同恒星を継続して何度も分光する観測が、2020年2月から4月までの約32日間にわたって、約0.5%という高精度かつ約1分の間隔で連続して実施。またせいめい望遠鏡に加え、兵庫県立大 西はりま天文台の口径2.0mのなゆた望遠鏡でも、同期間に分光観測を行ったほか、NASAの系外惑星探索を主目的としている衛星「TESS」も活用し、星の明るさ変化を測定する測光観測も同時に実施。こうした複数の望遠鏡を用いる連携観測を行った理由について研究チームでは、同時検出によりフレアの分光データを初検出したことを裏付けることを狙ったとしている。
分光観測ではフレア中のHα水素線が得られ、それが「ドップラーシフト」を起こしているかどうかが調べられた。これにより、物質が視線方向に運動していたのか、運動しているのならどの程度の速度なのかといったことを算出することが可能だからだ。
さらに、太陽で発生した(ほかの恒星での現象に比べると小規模な)フィラメント噴出のHα水素線のデータ(京都大学飛騨天文台で観測)と比較し、太陽型星で観測された現象が太陽で起きているものと同じかどうかの検討も実施。ちなみにここで語られるフィラメントとは、別名プロミネンスともいわれる。太陽の表面上に噴出した場合は、表面温度よりも低温のために黒く見えるが、それがフィラメントと呼ばれる。一方、太陽の縁から飛び出して光り輝いてみるものがプロミネンスである。名称は違うが、どちらも同じものである。
そして日本時間2020年4月6日、測光観測による白色光の増光と同時に、分光観測によるHα水素線でも星の光が増大する現象が検出された。TESSが星の明るさが0.3%明るくなる様子を捉え、そのエネルギーは最大級の太陽フレアの約20倍であったことから、スーパーフレアであることが確認された。史上初となる、可視光線でのスーパーフレアの分光観測に成功した瞬間だという。
スーパーフレアの発生に伴って、Hα水素線がドップラーシフトを起こし、1万度程度の物質が視線方向に沿って近付く向きに運動している様子が捉えられた。この様子は、実は太陽でのフィラメント噴出とよく似ていることが判明。こうしたことから、太陽型星でのスーパーフレアの発生が、超巨大なフィラメント噴出を伴っていることが初めて観測されたとする。
噴出したフィラメントの質量は、太陽で起こった史上最大級の質量放出現象の10倍以上の1000兆kgであり、さらに秒速約500kmもの高速で噴出していることが明らかとなった。なお、典型的な太陽フィラメントの噴出速度は秒速約10~400kmである。
この可視光による分光観測により、太陽型星のスーパーフレアに伴う物質の運動という新たな扉が開かれた形となった。これにより、太陽型星で発生するスーパーフレアが、質量放出という形で周囲の惑星間空間に多大な影響を及ぼしているという、これまで想像でしかなかった描像が明らかにされ、この分野を大きく前進させたという。
今回の研究を一般化すると、若い太陽・若い太陽型星は、巨大な質量放出という形で、その周囲を回る若い地球や若い太陽系外惑星の大気の進化に「深刻な影響を与える可能性がある」といえるとする。故に今回の研究は、若い太陽型星での噴出現象が若い地球・惑星大気の進化(および生命誕生・維持)に影響する可能性を観測的に初めて示唆しただけでなく、その影響を議論する唯一の観測例を得た、という意義もあるとしている。
また今回発見されたこの現象は、太陽のスーパーフレア発生に伴って噴出しうる巨大フィラメントを予想するモデルとも捉えることができる。この意味で、太陽が地球・惑星環境に「最大でどれくらい影響を与えるのか?」を評価する唯一の観測を得たという意義もあるとしている。
近年、惑星における生命誕生・維持が天文学における大きなテーマになっている。先行研究では、質量放出現象が、惑星大気の進化(たとえば、温室効果ガスや有機物の生成、惑星大気の剥ぎ取り)に関与するというモデルが提唱されていた。
スーパーフレアは我々にとっては恐ろしい現象だが、太陽系が誕生したばかりの頃、太陽は今よりも3割ほど暗かったとされ、地球はハビタブルゾーンの外側だったとする説がある。それを、スーパーフレアが大気に影響を与えることで温室効果ガスを発生させ、大気を温めた可能性もあるという。つまり、生命が誕生するには、スーパーフレアが一役買っているのかもしれない、ということだ。
今回の発見での質量放出の確かな検出、およびその性質の解明により、若い太陽や太陽型星が、スーパーフレアや質量放出現象といった形で若い地球・火星、および若い系外惑星大気の維持・成長に影響する可能性が、より実際的に議論することができるようになると期待されるとしている。
また、太陽ではスーパーフレアの発生頻度は数百年に一度程度で非常に低いとされている。しかも、発生しても地球とは反対方向側で起きる可能性などもあり、絶対に発生したらそれが地球に多大な被害をもたらす、というわけではない。しかし、万が一直撃したら大変な被害になることは確実である。
今回の観測成果を太陽で発生しうるスーパーフレアや大規模な質量放出の代わりと捉え、それが地球環境に及ぼす影響を見積もることができれば、「太陽でスーパーフレアが発生したら、地球環境はどうなるのか?」という人類文明にとっても重大な問いに答える手がかりになり、減災面での貢献になるという。
さらに、フィラメント噴出現象の発生頻度は、太陽型星および太陽の質量や自転速度にも大きく影響する可能性があり、これも太陽と地球の過去の姿を知るには重要だ。研究チームは今後、このフィラメント噴出の発生頻度を調べ、太陽型星の惑星の大気の進化にどれほど影響を与えるのか、明らかにしたいと考えているとした。今後も地道に観測を継続することで、人類の宇宙文明の継続、および生命誕生・維持にまつわる課題が1つ1つ解決されていくと期待されるとしている。