理化学研究所(理研)は12月9日、ブラックホールの振動パターンのうち、最も励起されやすい中での「普遍的な組み合わせ」を理論計算から明らかにしたと発表した。

同成果は、理研 数理創造プログラムの大下翔誉基礎科学特別研究員によるもの。詳細は、米物理学会が発行する学術誌「Physical Review」シリーズのうち、素粒子物理学や場の量子論、重力、宇宙論などを扱った「Physical Review D」にオンライン掲載された。

連星を構成するブラックホールは互いに徐々に近づいていって最終的に合体し、1つの大きなブラックホールが形成されるが、その合体直後に放射される重力波から、形成されたブラックホールの「揺らぎ」を見ることができることが分かっている。

一般相対性理論によれば、この合体後に放射される重力波の波形は、ブラックホールの重さと回転速度だけで決まるブラックホールの準固有振動の重ね合わせで記述することができるとされている。ただし、実際のブラックホールの振動は強い減衰を伴うため、重力波の波形からその固有振動を精密に読み取ることは困難だと考えられている。一方で、数値シミュレーションのデータ解析を行った米国の研究チームによれば、ブラックホール合体時に、減衰の強い振動が大きな振幅で励起される間接的な証拠が報告されており、これが事実であれば、ブラックホールの準固有振動を高い精度で測定できることにつながることが期待されるという。

そのため、なぜ、そしてどのような場合に、減衰率の高い振動パターンが強く励起されるのかを理論に基づいて系統的に理解し、裏付けることが、重要課題の1つとなっている。

理論上、ブラックホールの振動パターンは無数に存在し、それぞれのパターンは振動数と減衰率によって特徴付けられる。さらに、それぞれの振動パターンは「励起のしやすさ(振動のしやすさ)」が決まっており、それは「励起因子」と呼ばれる値で評価することが可能であり、これまでに最も減衰率が低い4つの振動パターンの励起因子の精密計算が行われてきた。

  • ブラックホール

    ブラックホールの揺らぎのイメージ図 (C)理研/絵:大下翔誉氏 (出所:理研Webサイト)

今回、大下基礎科学特別研究員は、計算上扱いやすい特殊関数の「ホイン関数」によって、膨張宇宙におけるブラックホールの揺らぎを厳密に記述可能なことを利用し、膨張宇宙内のブラックホールが固有に持つ21の振動パターンに対して、励起因子の計算を実施したほか、実際の宇宙では宇宙膨張の効果が極めて小さいことから、空間膨張が弱い極限での励起因子を評価する方法を開発。ブラックホールの回転パラメータを典型的な値である0.7にした場合、5、6、7番目に減衰率の低い振動パターンが、ブラックホール合体時に最も強く励起されやすいことを理論計算から示したとする。

ブラックホール合体後に放射される重力波の振幅は、今回計算されたブラックホールの重さと回転速度だけで決まる励起因子の値と、ブラックホール合体の詳細(どのような衝撃が与えられたか)などで決まる「ソース因子」の値のかけ算で決まる。

先行研究で行われたシミュレーションの解析結果と、励起因子の値を用いてソース因子の評価が行われたところ、合体後の重力波波形は、ソース因子よりも励起因子の振る舞いで主に決まることが確認された。これは、今回得られた5、6、7番目に減衰率の低い振動パターンの「普遍的な組み合わせ」が、ブラックホール連星合体後の主要な振動を記述することが示されたものだとする。

  • ブラックホール

    (上)ブラックホール連星合体と放射される重力波の概念図。(左下)ブラックホールのそれぞれの固有振動に対する励起因子の値。(右下)ブラックホールの固有振動それぞれに対する励起因子とソース因子の相対値 (C)理研 (出所:理研Webサイト)

今回理論的に得られたブラックホールの振動の組み合わせは、実際の観測データや数値シミュレーションの解析とは独立に導かれたものであり、これまでデータ解析だけで見出されていたブラックホールの揺らぎの特徴を、理論的に説明することに成功したものとなるという。今回の成果は、ブラックホールの合体の詳細によらず、揺らぎのパターンの組み合わせがほぼ励起因子の値で決まることを示唆するものであり、ブラックホールの揺らぎから放射される重力波の波形に関する理論的モデル化に貢献することが期待できるという。

また、今後の重力波観測で探るブラックホールの揺らぎに関する物理的な理解、そして一般相対性理論から導かれる、「ブラックホールは、重さと回転と電荷だけで特徴付けられること」を示す「ブラックホールの無毛定理」のさらなる精密検証にも応用できる可能性があるともしている。