あの小惑星探査機「はやぶさ2」の地球帰還から1年。これに合わせ、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は12月6日、記者説明会を開催し、同探査機の現在の運用状況や、サンプルのキュレーション活動の進捗などを紹介した。初期分析の科学成果は来春にも発表される予定で、大きな発見も期待できそうだという。

イオンエンジンは初号機の力積を更新

津田雄一プロジェクトマネージャはまず、「あっという間に1年が経った。この日のことを思い出すと涙が出てくる」とコメント。「本当にお祝いの嵐だった。企業、研究者、宇宙機関、たくさんの知人からメールや電話をいただいた。子供達からの祝福も嬉しく、間違いなく日本の宇宙科学が最も輝いた日だったと思う」と当時を振り返った。

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    津田雄一プロジェクトマネージャ(JAXA宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 教授)

はやぶさ2が小惑星リュウグウから持ち帰ったサンプルは、慎重にキュレーション作業が進められており、6月からは初期分析を開始。これに関わっている科学者からはワクワク感が伝わってきているそうで、「隕石学の歴史を書き換える成果だと耳打ちされることもあった」という。分析結果の発表が非常に楽しみなところだ。

はやぶさ2は地球帰還後、拡張ミッションに移行している。イオンエンジンはこの拡張ミッションの期間中に、4台累計で7,138時間の運転を実施。10月23日には、はやぶさ初号機の力積(発生させた力の総量)である0.9474MN・sを上回ったという。イオンエンジンにとっては、ここからが未踏領域といえる。

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    イオンエンジンの運転状況 (C)JAXA

イオンエンジンについては、劣化の兆候が見えつつあるものの、運転に支障は無いとのこと。拡張ミッションでは、この長期的な性能変化を見ることも大きな目的の1つであり、津田プロマネも「ここから先がまさに見たいところ」と、前向きに捉える。

地球帰還までの本ミッションでは、4台あるスラスタの中で、A/C/Dの3台が主に使われてきた。スラスタBはバックアップとして温存されていたのだが、拡張ミッションの運転状況を見ると、主にスラスタBが使われていることが分かる。

津田プロマネによれば、当初は3台運転する計画だったが、方針を変えたのだという。1台運転の方が、1台ずつ個別にデータを取得できるので、性能の変化を評価しやすい。また1台ずつの方が、長持ちも期待できるという。3台運転に比べ、より長時間の運転になり、燃料消費も増えるが、燃料には余裕があるので問題は無い。

拡張ミッションは、探査機の設計寿命を超えた運用であり、より太陽に接近するなど、負荷も大きい。探査機の健康状態は気になるところだが、すでに故障が報告されていた分離カメラ制御部と化学推進系ヒーター以外には、特に問題は発生していないとのこと。

なお、はやぶさ2の本プロジェクト自体は2021年度末で一旦終了し、拡張ミッションの新プロジェクトに引き継がれることになるという。津田プロマネは「それまでに良い科学成果が出ることを期待したい」と述べた。

サンプルはNASAへの分配が無事完了

キュレーションの状況については、JAXA宇宙科学研究所の臼井寛裕・地球外物質研究グループ長が説明。大きなトピックとしては、NASAへのサンプル分配が報告された。これは、JAXAとNASAの機関間合意にもとづくもので、はやぶさ2が持ち帰ったサンプルの10%を提供することが事前に決められていた。

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    キュレーションの全体スケジュール (C)JAXA

この合意では、サンプルの内容について、代表性と保存性も求められていたという。代表性では、サンプル全体の特徴に一致するよう、粒子と粉体の割合を2:3に合わせ、A室とC室の両方から提供。また保存性では、大気に触れないこと、観察時に変質や汚染がないこと等、サンプルの状態を変えない手順が守られている。

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    NASAとの合意内容 (C)JAXA

用意されたサンプルは、11月30日に、NASAジョンソン宇宙センターへの移送が完了。現地にて、引き渡しの確認式が行われ、無事に約束を果たすことができた。

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    臼井寛裕氏(JAXA宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 教授、JAXA宇宙科学研究所 地球外物質研究グループ グループ長)

今後、半年後の2022年6月からは、いよいよ国際公募が開始される。このフェーズでは、サンプルの15%を使用。世界中の研究者がそれぞれ提案したテーマで研究できるようになり、臼井氏は「キュレーションチームでは想像もしなかったような面白い研究が展開されるのでは」と期待を述べた。

研究者からテーマを提案してもらうため、1月中旬にも、サンプルのカタログを一般公開する予定だ。カタログには、粒子ごとの写真、重量、サイズ、赤外分光データなどを掲載。研究者以外でもアクセスできるようになるそうなので、興味がある人は見てみると良いだろう。

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    サンプルカタログのイメージ図 (C)JAXA

そしてサンプルの一般公開も順次開始される。第1弾として、日本科学未来館と相模原市立博物館に、それぞれ重さ2mgの粒子を2つずつ貸与。どちらも短期間の展示とはなるものの、今後も全国各地で公開イベントが開催されることになる見込みだ。

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    日本科学未来館と相模原市立博物館に貸与されたサンプル (C)JAXA

展示されるサンプルの見どころについて、臼井氏は「まず驚くのは黒さ。反射率が2~3%しかなく、アジア人の黒髪より黒い」と説明。「黒い理由はまだよく分かっていない。黒い鉱物は地球上にはあまりないのに、なんでリュウグウにはあるんだろうと、そんなことも想像してもらえれば」とコメントした。

また津田プロマネも相模原市立博物館でサンプルを見てきたそうで、「2mmの粒子なのでそれだけ見れば非常に小さいものだが、これを取るためにどれだけの労力がかかって、どれだけの科学者が見たいと思っていたか。そういった背景も含めて、ぜひ想像しながら見て欲しい」と訴えた。