東京都立大学(都立大)は12月6日、ショウジョウバエの翅の発生を制御する遺伝子である「apterous」(ap)の変異体では、長期記憶を形成できないことを発見し、体作りだけでなく脳において記憶にも関わっていることを発見したと発表した。
同成果は、都立大大学院 理学研究科 生命科学専攻の坂井貴臣教授らの研究チームによるもの。詳細は、生物学を扱う学術誌「PloS Biology」に掲載された。
ap遺伝子はハエの翅の発生を制御する遺伝子として見出された後、研究が進んだことで、神経発生を制御していることも分かってきた。そのap遺伝子によって作り出される「Apterousタンパク質」(Ap)は、「Chipタンパク質」(Chi)と複合体を形成することで転写因子として働くことが知られており、ハエの体作りにはこのAp/Chi複合体による転写が不可欠だとされている。
しかし、体作りが完成した成虫になってもap遺伝子は脳で発現し続けていることから、発生制御以外の機能もあることが予想されていたものの、脳で発現するap遺伝子の機能については、不明な点が多かったという。そこで研究チームは今回、まず特定ニューロンの遺伝子発現抑制実験や遺伝子回復実験を行うことにしたという。
実験の結果、ハエの脳におけるap遺伝子の発現場所は2か所あることが判明。1か所は、約24時間のリズムを作り出すための細胞群「時計ニューロン」において、長期記憶の固定化をするために発現していた。もう1か所は、記憶中枢の細胞群である「キノコ体」で発現するap遺伝子で、固定化した長期記憶の維持に必須であることが示されたという。
キノコ体のChiはAp同様に長期記憶の維持に必須であったことから、Ap/Chi複合体によりキノコ体で新たなタンパク質が提供され続けることにより、長期記憶が維持されることが考えられるという。一方、時計ニューロンのChiは長期記憶には関与していないことが確認されたことから、時計ニューロンで発現するApにはChiに依存しない未知の機能があることが示唆されたとする。
そこで長期記憶における時計ニューロンの役割を明らかにするため、神経活動を抑制する実験を実施。その結果、長期記憶を固定化できなくなることが判明。時計ニューロンのap発現を抑制しても長期記憶を固定化できないことがわかっており、apの発現抑制は時計ニューロンの神経活動を抑制している可能性が考えられたことから、詳細な解析を実施。ap遺伝子の変異体における時計ニューロンが調べられたところ、抑制性の神経伝達物質「GABA」に対する反応が野生型よりも過剰になっていることが確認されたほか、ap変異体の時計ニューロンにGABA受容体を過剰に発現させると、長期記憶を固定化できることも確認されたという。これらの結果は、長期記憶を固定化するためには時計ニューロンの活動が低下しないように調節する必要があることを意味しており、Apはその役割を担っているといえる存在と考えられるという。
今回の研究は、時計ニューロンがハエにおける長期記憶の固定化に関与していることを明らかにしたものであるが、研究チームでは、時計ニューロンがいかにしてキノコ体で作られる記憶を制御しているのかはまだ不明であり、さらなる研究が必要だとしている。
なお、研究チームによると、ヒトを含む哺乳類にもapと同じ遺伝子が存在し、記憶に重要な脳領域として知られる海馬で発現していることから、今後は哺乳類のap遺伝子の研究を進めることで、長期記憶がいかにして固定化され維持されるのか、ヒトの記憶メカニズム解明につながる可能性があるとしており、それにより長期記憶の固定化を促進する形での加齢性記憶障害の緩和や、トラウマ記憶の消去などができるようになる可能性もでてくる。そのため、今回の研究の成果は、将来的には医療、ヘルスプロモーション、アンチエイジングなどの分野に貢献することが期待されると研究チームではコメントしている。