東京大学(東大)と科学技術振興機構(JST)は12月1日、幾何学的なスピンテクスチャを持つ「トポロジカルスピン結晶」における新しい制御変数として、スピンの波の重ね合わせにおける位相に着目し、その変化によって生じる新しいトポロジカルスピン結晶やトポロジカル相転移現象の微視的な機構を理論的に発見したと発表した。

同成果は、東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻の速水賢講師、東大大学院 理学系研究科 量子ソフトウェア寄付講座の大久保毅特任准教授(東大理学部物理学科・東大大学院理学系研究科 物理学専攻附属 知の物理学研究センター兼務)、東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻の求幸年教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

電子は固体中において、そのスピンが平行に揃った強磁性や反平行に並んだ反強磁性など、さまざまなスピン配列を形成する。そうした中、近年は、トポロジカルな性質を持った渦構造からなるトポロジカルスピン結晶が注目を集めている。

これまで、2次元的なスピンテクスチャである「磁気スキルミオン結晶」や、3次元的な「磁気ヘッジホッグ結晶」などが調べられ、「トポロジカルホール効果」と呼ばれる非従来型の異常ホール効果といった電磁応答現象が見出されている。

トポロジカルスピン結晶が示す電子スピンの複雑な空間配列は、スピンの波の重ね合わせによって特徴づけることが可能であるため、構成するスピンの波の種類を変えることで、異なるトポロジカル数で特徴づけられる磁気スキルミオン結晶も得られるという。

しかし、重ね合わせるスピンの波の位相変化がもたらす効果は、これまで十分に調べられておらず、とりわけ位相を制御する物理的な機構は未解明だったという。そこで研究チームは今回、磁気スキルミオン結晶におけるスピンの波の位相の役割を調べることにしたとする。

その結果、位相のずれが新しいタイプの磁気渦結晶をもたらすことが見出されたという。これは、局所的には磁気スキルミオン結晶とよく似た幾何学的なスピンテクスチャを持っているが、トポロジカルな性質が異なることから、まったく新しいトポロジカルスピン結晶となっているという。

さらに、この新しい磁気渦結晶が安定に存在する条件を明らかにするために、磁性金属に対する大規模数値シミュレーション手法を用いた解析が行われた。磁性金属に対する理論モデルの解析から、ある温度領域で新しい磁気渦結晶が現れることが判明。それに加え、温度を下げることで、トポロジカル数が2の磁気スキルミオン結晶へと位相変化を伴うトポロジカル相転移が生じることも明らかにしたとした。

  • スピントロニクス

    スピンの波の重ね合わせによって特徴づけられるトポロジカルスピン結晶の模式図。色のついた各矢印は電子が持つスピンの向きを表し、矢印の色は2次元の場合には画面に対し、3次元の場合には図中の立方体の底面に垂直な成分に対応する(上向きが赤系色、下向きが青系色) (出所:プレスリリースPDF)

詳細な調査を実施したところ、磁性金属が持つフェルミ面に起因した多スピン間相互作用と類似の相互作用がエントロピーの効果として現れ、それが位相変化を引き起こす上で重要な役割を果たしていることが判明したほか、基底状態の調査から、同様の位相変化が生じるために重要なフェルミ面の形状やスピン間相互作用の条件も確認されたという。

  • スピントロニクス

    スピンの波の位相変化がもたらすトポロジカル相転移。(上)波の重ね合わせの位相をずらすことにより、まったく異なる模様(干渉縞)が得らる。(下)トポロジカルスピン結晶における位相変化の例。上面はスピン配列、下面は幾何学的なスピンテクスチャがもたらす創発電磁場と関係のある物理量 (出所:共同プレスリリースPDF)

今回の成果について研究チームでは、磁気スキルミオン結晶だけではなく、磁気ヘッジホッグ結晶を含むほかのトポロジカルスピン結晶にも、未踏の可能性が残されていることを示しているとしており、今後のトポロジカルスピン結晶の物質探索と設計指針に影響を与えるものとなるとしている。