かつて、生き物の王者として栄華を極めた恐竜。しかし、白亜紀末に絶滅し、地球上から姿を消した。その原因は、小惑星が地球に衝突したためといわれている。

それから約6500万年が経った2021年11月24日、米国航空宇宙局(NASA)は探査機を小惑星に衝突させ、その軌道をそらすことができるかどうかを試験するミッション「DART」を打ち上げた。

恐竜たちのかたきを討つため、そして地球の未来を守るため、小惑星や彗星から地球を守るための技術を実証する、史上初の試みが始まった。

  • DART

    小惑星に体当りするDARTの想像図 (C) NASA/Johns Hopkins APL

地球近傍天体

メキシコのユカタン半島北部。ここには、チチュルブ・クレーターという、直径約160kmにもわたる巨大なクレーターがある。

このクレーターこそ、いまから約6500万年に直径10km程度の巨大隕石が落下し、そして恐竜を絶滅に追い込んだ原因の痕跡であると考えられている。

また、2013年には、ロシアのチェリャビンスク州に推定直径17mの隕石が落下。落下時の衝撃波により建物の窓ガラスが割れるなどの被害が出たほか、死者こそ出なかったものの、多くの負傷者を出した。

日本でも昨年、千葉県習志野市の周辺に「習志野隕石」が落下。実際に落下した隕石の破片が回収されたほか、多くの人が落下時の火球を目撃し、大きな話題となった。

こうした隕石は、毎日100t以上が地球の大気圏に再突入している。ただ、そのほとんどは大きさが直径1m以下で、地表にまで達することなく燃え尽き、せいぜいきれいな流れ星となるだけである。習志野隕石のように地表にまで達するものですら稀であり、甚大な被害をもたらす直径100m以上のものとなると、幸いにもめったに落下することはない。

かつて恐竜を滅ぼしたような巨大隕石が降ってくるとすれば、それは「地球近傍天体」によるものと考えられている。地球近傍天体とは、太陽から約2億km以内を飛ぶ軌道をもち、なおかつ地球の公転軌道から約5000万km以内を通過する軌道をもつ小惑星や彗星を指す。

NASAなどによる観測では、現時点で地球近傍天体は2万7000個以上が発見されている。ただ、今後100年以内に地球に衝突する危険性のある小惑星は確認されていない。最も危険性が高いものでも、2185年に「2009FD」という小惑星が714分の1、つまり0.2%以下の確率で衝突するという程度である。

しかし、地球近傍天体の多くはまだ未発見で、たびたび新しい天体が、それも地球のすぐそばを通過する直前や直後に発見されている。また、既知の天体も、軌道が変わるなどして衝突の確率が上がる可能性もある。

そもそも、前述したチチュルブ・クレーターですら、地球上で発見されている隕石衝突クレーターの中では3番目の大きさであり、つまり地球の歴史の中では、同じような巨大天体の衝突が何度も起きていることを示している。

そのため、科学者たちは常日頃から、レーダーや望遠鏡などを駆使し、地球に接近する小惑星を探し、そして追跡し続けている。

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    小惑星が地球に衝突した際の想像図 (C) NASA/Don Davis

DARTミッションとは?

ではもし、地球に衝突する天体が発見された場合、それを防ぐにはどうすればいいのだろうか。

その最適な方法は、石油採掘のスペシャリストを送り込むこと――ではない。科学者たちは現在、最もシンプルかつ確実な方法として、宇宙機を天体に衝突させ、そのエネルギーで軌道を変えるという方法を考えている。

しかし、地球に甚大な被害をもたらす直径100m以上の小惑星というのは、広大な宇宙の中では米粒よりさらに小さな存在でしかない。そんな小さな天体に、宇宙機を正確に衝突させることは難しい。

また、衝突によって生じる軌道変化量は小惑星の密度や硬さによって異なるが、小型の小惑星の素性についてはよくわかっておらず、どのような小惑星に、どのようにぶつければ、軌道がどれくらいかわるのか、という最も重要なこともわかっていないのが現状である。

そこでNASAは、その技術を実証する初のミッションとして「DART(ダート)」を計画した。DARTはNASAの「プラネタリー・ディフェンス(惑星防衛)」戦略の一環として行われるもので、ジョンズ・ホプキンズ大学の応用物理学研究所が実際の運用などを担う。

DARTが目指すのは、地球近傍天体のひとつで、二重小惑星の「ディディモス」と「ディモルフォス」である。ディディモスは直径約780m、ディモルフォスは直径約160mで、同じ重心のまわりを、11時間55分の周期で公転している。DARTはこのうちディモルフォスに衝突。どれくらい軌道を変えることができるのかなどを実証する。

科学者たちは、この衝突によりディモルフォスがディディモスを周回する軌道が約1%変化――軌道周期にして数分短くなると予想している。わずかな変化だが、その後徐々に当初の軌道からのずれが大きくなることで、最終的には大きく軌道を変えることができる。

ちなみに、ディディモスが地球に衝突する可能性はまったくといっていいほどない。にもかかわらず、DARTのターゲットとして選ばれたのは、二重小惑星であるということが大きい。単一の小惑星では、衝突後の軌道の変化を正確に観測することが難しい。しかし二重小惑星なら、もうひとつの小惑星との相対的な変化を見比べることで、地上の望遠鏡からでも簡単に、そして正確に測定することができる。

  • DART

    二重小惑星ディディモスとディモルフォスの想像図 (C) NASA/Johns Hopkins APL

DARTという名前は「Double Asteroid Redirection Test(二重小惑星の軌道を変える試験)」の頭文字から取られている。また、Dartはダーツの矢を指すことから、小惑星というターゲットにブルズアイを決めるという意味合いも込められている。

DARTの寸法は、約1.2m×1.3m×1.3m、両翼に広がる太陽電池は1枚あたり8.5mの長さをもつ。打ち上げ時の質量は610kg。航行にはイオン・エンジンを使用する。

DARTには唯一の観測機器として、ディディモスの観測と光学航法に使うためのカメラ「DRACO」を搭載している。このカメラは、冥王星を探査した「ニュー・ホライズンズ」のカメラ「LORRI」から派生したもので、ディディモスまでの航法と、そしてディモルフォスに正確に命中させるためのターゲティングを行うとともに、衝突直前にはディモルフォスの大きさや形状などを測定も行う。

DARTにはまた、イタリア宇宙機関(ASI)が提供する超小型衛星(キューブサット)の「LICIACube (Light Italian CubeSat for Imaging of Asteroids)」も搭載。LICIACubeは、DARTがディモルフォスに衝突する約10日前に分離され、DARTの衝突とそれに伴う噴出物や、ディモルフォスの表面にできる衝突クレーターの様子の撮影を狙う。

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    ディモルフォスに体当りするDARTと、それと見守るLICIACubeの想像図 (C) NASA/Johns Hopkins APL