三菱電機と産業技術総合研究所(産総研)は11月25日、製造現場における環境変化や加工対象物の状態変化を予測し、稼働中のFA機器の加工速度などをリアルタイムで調整するAI制御技術を開発したと発表した。
今回の開発の役割分担は、三菱電機がCNC(数値制御装置)システム、サーボシステム、放電加工機、産業用ロボットへのAI制御技術の実装と改良を担当。産総研がAIを活用した最適化とデータ分析技術の提供を行った。
ユーザーニーズの多様化に伴い、ものづくりの現場では変種変量生産が求められるようになっている。その実現には、その都度ごとにFA機器や工具の調整を行う必要があるが、人手と時間を要し、生産性の向上が難しいという課題があった。
こうした課題に対し、三菱電機は産総研との共同研究を経て、三菱電機のAI技術「Maisart(マイサート)」の1つとして、新たにFA機器用のAI制御技術を開発したという。これは加工対象物の変更、加工中の形状変化など、製造現場における環境変化や状態変化をAIが予測し、稼働中のFA機器の加工速度などをリアルタイムで調整するというもので、その特徴は高速推論、環境適応、高信頼の3点だという。
今回、産総研はFA機器に求められるリアルタイム性を満たすため、FA機器制御と同時並行で高速推論できる機能をAIに持たせることにした。三菱電機はFA機器メーカーとしてこれまで蓄積してきた知識を活用し、AIの推論精度や処理負荷をFA機器向けに調整を行ったほか、AIの軽量化も担当。処理負荷を軽量化することで、動作パラメーターの推論精度を維持しつつ、FA機器制御と同時並行での推論が可能なAI制御技術を開発できたとしている。
この高速推論が可能なAI制御技術の適用例として、ロボットアームの手先にかかる負荷を推定するAIが開発された。ロボットアームを動作させる際の適切な加減速を計算するには、ロボットアームの手先負荷の情報が必要で、この情報が未知ではロボットアームを高速かつ安全に動かすことが難しくなってしまう。
これに対し、今回開発された技術では、モーター電流などの情報から、AIによって手先負荷の推定を高速に行うとともに、その推論結果の信頼度を算出し、信頼度に応じて加減速を調整するようにしたとする。
検証動作では、推定した手先負荷を用いた場合と用いない場合のロボットの関節軸角速度の移動開始から停止までの時間を比較して、推定した手先負荷を用いた方がロボットの動作時間が20%短縮できることが確認されたという。また、推論の信頼度を用い、信頼性が高い時のみ調整を行うことで安定した動作も実現したという。
また加工進行によって加工対象物の形状が変化するため、加工環境が変化し、一定の動作パラメーターでは加工時間が長くなってしまったり、加工品質が悪化してしまったりすることがあるという。このような加工環境の変化の仕方は加工対象物によって異なるため、変種変量生産では事前に学習しておくことが困難だったとする。
そこで今回の開発では、産総研はFA機器動作中に取得した状態量をAIにその場で学習させ、加工環境が変化した場合でも、その場で調整することが可能となる仕組みを採用。三菱電機はFA機器が動作中でも学習を行えるよう、FA機器における摩擦などの物理現象を数式化し、それをAIへ組み込むことを行ったとする。これにより、常に変化する加工環境への適応が可能になったという。
この環境に適応したAI制御技術の適用例として、今回は放電加工機の1つである形彫放電加工機の加工条件を自動調整するAI調整機能が開発された。形彫放電加工機は加工時、電極と加工対象物の間に加工屑が発生するため、それを排出する動作が必要となる。さらに、加工屑は加工が進むにつれて増加するため、加工屑の排出状態に応じて加工屑排出動作の頻度を調整する必要があった。
今回開発されたAIは、加工屑の排出状態を加工中に学習し、加工屑排出動作の頻度の自動調整を行うことが可能。三菱電機の形彫放電加工機の加工評価において、AI調整機能を適用しない場合と比較して、加工時間を最大23%短縮することが確認されたとした。
さらにこうしたFA機器には、安定的な製品品質や製造にかかる時間短縮が求められている。リアルタイムでAI制御するためには、AIの推論結果の信頼性が高くなければならない。
そのために産総研が構築したのが、推論対象となる装置の機械特性と併せて、個々の製品の機械特性のバラつきを学習することで、推論結果の信頼度を計算できるアルゴリズムだ。三菱電機はこのアルゴリズムをAI制御技術に組み込み、推論結果の信頼度に応じて適切にFA機器を制御することで、高い信頼性を確保したAI制御技術を開発することに成功したという。
この高信頼性を確保したAI制御技術の適用例として、今回はCNC切削加工機のAI誤差補正機能が開発された。同機能は、加工が進む際の加工位置に応じて変化する切削加工機への指令値と現在の位置の差を示す加工誤差量をAIが推定することで、機械可動部の特性が動的に変化した場合でも、適切な補正を行うことができるようにするというものである。
また、AIが推論した加工誤差量の信頼度を指標化し、信頼できる誤差補正量の推論結果のみを用いて誤差補正することが可能となっている。これにより、三菱電機のCNC切削加工機での加工評価において、AI誤差補正機能を適用しない場合と比較して加工精度を51%向上するとともに、安定した加工を実現できることが確認されたとした。また、信頼度が低い場合には再学習を行うことで、加工精度を向上させることができるとしている。
従来、FA機器の調整は熟練作業者の手で時間をかけて行われていたが、それが不要となった。さらに、AIが予測した加工誤差量などの結果の信頼度を指標化し、信頼度に応じてFA機器を適切に制御することで高い信頼性が確保され、生産性の向上に貢献するとしている。