東京大学などの研究チームは11月11日、電子輸送性(n型)有機半導体分子を均等なレンガ塀様式に整列させ、高移動度有機トランジスタに適したフレームワークを構築することに成功したと発表した。
同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻の岡本敏宏准教授(科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者/産総研 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(OPERANDO-OIL)客員研究員兼務(研究当時))、同・Craig P. Yu大学院生(研究当時)、同・熊谷翔平特任助教、同・竹谷純一教授(東大 マテリアルイノベーション研究センター 特任教授/OPERANDO-OIL 客員研究員兼務(研究当時)/物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 MANA主任研究者(クロスアポイントメント))、同・石井宏幸特任研究員(現・筑波大 数理物質系 准教授)、北里大 理学部物理学科の渡辺豪講師らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の化学を題材としたオープンアクセスジャーナル「Communications Chemistry」に掲載された。
次世代のプリンテッド・フレキシブルエレクトロニクスの発展のためには有機半導体の性能向上が求められているが、電荷移動度の低さが課題であり、各所でその向上技術の研究開発が進められている。そのため近年、結晶構造や熱運動に関する理解が進み、p型有機半導体では10cm2V-1s-1級の正孔移動度を示すものが開発されるようになったが、n型有機半導体で同等の電子移動度を示すものはまだできていないという。
研究チームも、近年n型有機半導体「BQQDI誘導体」を開発。パイ電子系骨格に導入した窒素が隣接する分子間に相互作用を与えることで、分子軌道の重なりが二次元的につながったレンガ塀型の結晶構造を形成することが特徴で、最大で3cm2V-1s-1という高い電子移動度が観測されているものの、「直鎖アルキル基」や「フェネチル基」を置換基に有していることで、窒素を介した分子間相互作用により一定の長軸ずれが生じるため、ずれたレンガ塀構造で形成されていたという。
研究チームでは、このレンガ塀を均等に積み上げることができれば、分子軌道の重なりが均等になることでより一層の移動度の向上につながると考え、今回の研究にて、これまでの直鎖アルキル基などとは異なる性質を持つ置換基として、かさ高い「環状アルキル基」である「シクロヘキシル基」の導入に挑戦。その結果、結晶中で隣接する3分子の位置関係は、直鎖アルキル基やフェネチル基を有するこれまでのBQQDI誘導体では崩れた三角形をなすのに対し、目的物であるCy6-BQQDIでは二等辺三角形をなすことが確認されたという。
また、バンド計算により、均等さに由来する等方的な電子輸送能を有することが推定されたほか、分子動力学計算を用いることで、崩れたレンガ塀構造の場合と比べ、均等なレンガ塀構造では隣接分子間の分子軌道の重なりが熱運動により乱されにくいことも示唆されたという。
これらの理論計算による知見は、塗布型単結晶トランジスタでの検証により、Cy6-BQQDIは結晶方位に依らず、1.5~2.0cm2V-1s-1の高移動度を示すことが推定されたほか、真空蒸着型多結晶トランジスタでも最大1cm2V-1s-1の高移動度が観測されたことから、Cy6-BQQDIが有する異方性が小さく均等なレンガ塀構造が、高電子移動度に有望なフレームワークであると期待されると研究チームでは説明している。
なお、研究チームでは、今回の成果をもとに、かさ高い環状アルキル基の適切な修飾を探索することで、均等なレンガ塀構造を有し、かつ塗布法に適したn型有機半導体を実現できると考えられるとしており、今後、安価で環境に優しいハイエンドデバイスや、未利用エネルギーを活用するエネルギーハーベストなど、有機エレクトロニクス分野の研究開発を加速することが期待されるとしている。