金沢大学、埼玉大学、科学技術振興機構(JST)の3者は11月2日、小脳を模したニューラルネットワークの一種である「リザバー計算」を、超高速かつ低消費電力で行える新しい光回路チップを開発したと発表した。
同成果は、金沢大 理工研究域 機械工学系の砂田哲教授、埼玉大大学院 理工学研究科 数理電子情報部門の内田淳史教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国光学会誌「Optica」に掲載された。
新たなコンピューティング技術として近年、光を利用したニューラルネット処理が注目されるようになってきた。しかし、これまでは1次元的な細い光配線によって光回路が構成されていたため、光波動の空間的な自由度を活かせず、高密度な実装・演算が困難であったため、演算速度に限界があったという。そこで研究チームは今回、光の波動性による高い空間的自由度に注目した新しい光ニューラルネット回路を提案することにしたという。
今回提案された回路は、紙やすりやガラスなどにレーザー光を当てた時にギラギラと輝く不規則な斑点模様を示す光学現象「スペックル現象」に基づいているのが特徴だという。
具体的には、幅が太く空間的な広がりのある光配線(マルチモード導波路)中で生じるスペックルが、仮想的に、空間的に連続で無限の自由度があるニューラルネットとみなせるという点に注目。このような光ニューロンの”場”を作り、その高い表現能力を活かすことで、ニューラルネット処理が可能になることが期待できると考えられたとする。
すでに研究チームは2020年度にマルチモードファイバを使って、その光ニューラルネット演算の原理実証を行っていた。しかし、長いファイバを用いたシステムであったため、システムサイズが大きく、演算までの遅延時間(レイテンシ)が長いという問題点があったという。そこで今回は、光ニューロン場の生成に必要な要素をシリコンチップ上に集積した新しい光回路を作製することで、課題の解決を図ったという。
この新しい光回路では、スパイラル型の結合マルチモード導波構造により、ランダム結合した光ニューロンに対応するネットワークを微小チップ内で高密度かつ大規模に実装することができる。それを情報のリザバーとして利用することで、リザバー計算が高速・低レイテンシかつ低電力消費で可能となったという。
試験的に12.5GSpsのレートでのカオス時系列の1ステップ予測を実施。これは、毎秒1ペタ回以上の積和演算処理を光が自発的に実行していることに対応しており、最先端の光回路の60倍以上の計算処理能力があるということが示されたとするほか、光通信分野で用いられる「光波長分割多重方式」を用いることでば、さらなる高速化も可能となるとする。
また、このニューラルネット演算に必要なエネルギーは入射光パワーのみで済むほか、光ネットワークの調整の必要はなく、無配線でも問題ないといった点などから、1回の積和演算あたりのエネルギー消費量は0.15fJと非常に小さい値であると試算されたもする。
なお研究チームでは今後、今回開発された光回路チップをさらに高度化することで、AI処理の高速化や省エネ化を可能とし、これまで捉えることのできなかった高速現象の異常検知・認識などへの応用を期待するとしているほか、光通信や光計測分野をはじめとしたさまざまな分野への応用も期待したいとしている。