岩手医科大学の研究グループは、従来型タバコから加熱式タバコへの切り替え(平均約2年間)により、血液細胞におけるDNAメチル化および遺伝子発現パターンが従来型タバコ喫煙者とは異なるパターンを示すことを明らかにしたと発表した。

同成果は、岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構生体情報解析部門の大桃秀樹 講師、同部門部門長の清水厚志 教授、慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室の武林亨 教授、原田成 専任講師、国立がん研究センターがん対策研究所予防検診政策研究部の片野田耕太 部長らの研究グループによるもの。詳細は、国際科学雑誌「Cancer Epidemiology, Biomarkers &Prevention」にオンラインにて11月3日付で公開された。

加熱式タバコ製品は、電気的に加熱されたタバコの葉から発生するニコチンやさまざまな化学物質を含むエアロゾルを吸入するタイプのタバコ製品で2014年半ばから各社より販売が開始されている。

加熱式タバコの成分分析を行った研究により、加熱式タバコには従来型タバコと同程度のニコチンが含まれていること、従来型タバコよりも低濃度ではあるが発がん性物質が含まれていることが明らかになっているが、それに伴うタバコ関連疾患の発症リスクはいまだに解明されていないという。

日本では、2015年以降急速に普及していることから、加熱式タバコの健康リスク評価の基となる疫学研究の成果が早急に求められているという背景がある。

ゲノム情報は生涯を通じて基本的に変化しないが、DNAメチル化や遺伝子発現パターンは、生活習慣や環境化学物質への曝露によって変化し、さまざまな疾患の発症に関係することが知られており、中でも従来型タバコの喫煙によりDNAメチル化や遺伝子発現パターンが変化することは複数の研究で報告されているが、加熱式タバコによる影響についてはまだほとんど調べられていなかったという。

そこで研究グループは、慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室が中心となって進めている地域コホート研究(鶴岡メタボロームコホート研究)の参加者に同研究への参加を呼びかけ、参加に同意した2,789名(加熱式タバコ使用者:53名、非喫煙者:1,657名、過去喫煙者:822名、従来型タバコ喫煙者:257名)から提供された血液検体からDNAやRNAを抽出し、加熱式タバコによるDNAメチル化や遺伝子発現への影響を調査した。

加熱式タバコ使用者53名のうち1名は、1日1本の使用と非常に少数の使用だったため、この1名を除外した52名を解析対象の加熱式タバコ使用者とし、性別や年齢、BMI、生活習慣病罹患歴などを元に対象者の特徴を要約するプロペンシティスコア(傾向スコア)を算出し、それに対する非喫煙者、過去喫煙者、従来型喫煙者との傾向スコアマッチングを行い、それぞれから対象者を選択。

加熱式タバコ使用者と他の喫煙習慣にある人との間で、これまでに報告されている喫煙関連DNAメチル化マーカーの17遺伝子29CpGにおけるDNAメチル化パターンを比較したところ、AHRR、ALPP2、F2RL3、GNG12、GPR15、LRRN3、MGAT3、MYO1G、PRSS23、RARA、SLAMF4の11遺伝子17CpGのDNAメチル化パターンにおいて、加熱式タバコ使用者と非喫煙者との間に有意な差が認められたという。

  • 喫煙と関連する17遺伝子29CpGのDNAメチル化マーカーのパターン

    喫煙と関連する17遺伝子29CpGのDNAメチル化マーカーのパターン (出典:岩手医科大学)

さらに、その11遺伝子17CpGのうちMYO1Gを除く10遺伝子16CpGにおいて、従来型喫煙者よりも程度は低いものの、非喫煙者と比べて加熱式タバコ使用者で低メチル化が認められたとしている。

一方、加熱式タバコ使用者と従来型喫煙者との間では、AHRR、C14orf43、F2RL3、LRRN3、MGAT3、MYO1G、RARA の7遺伝子14CpGで有意差を示したほか、加熱式タバコ使用者と過去喫煙者との間で有意差を示したのは、PRSS23とSLAMF4の2遺伝子2CpGのみだったという。

続いて、4つの喫煙習慣群間において総当たりで遺伝子発現パターンを比較。その結果、95種類の遺伝子において、有意な遺伝子発現を示すことが明らかになったという。その9種類の遺伝子に着目して4つの喫煙習慣における遺伝子発現の特徴を比較するために主成分分析を実施。その結果、従来型喫煙者と非喫煙者の遺伝子発現の特徴は分かれ、その2群間の中間ほどの位置に加熱式使用者と過去喫煙者が示されたとする。

  • 主成分分析

    遺伝子発現に有意差を示した95種類の遺伝子に基づく主成分分析(PCA)(出典:岩手医科大学)

この結果、遺伝子発現パターンにおいても、加熱式タバコ使用者は、従来型タバコ喫煙者より程度は低いものの、非喫煙者と比べて喫煙に関わる遺伝子発現の増減が多く観察されることが示唆された。

なお、今回解析した加熱式タバコ使用者は、加熱式タバコへ切り替えてから3年以下だったことから、加熱式タバコの長期使用による分子遺伝学的影響については、今後疫学的な追跡調査を実施して明らかにする必要があると研究チームは説明している。

また、今回のDNAメチル化解析は過去に報告されている喫煙との関連が示唆されているDNAメチル化マーカーに限定した解析になり、それ以外のCpG部位におけるDNAメチル化パターンについては明らかになっておらず、今後、ゲノム上のCpGを網羅的に解析できるマイクロアレイ解析や全ゲノムバイサルファイトシークエンシング解析などを行い、今回解析対象としていないCpG部位におけるDNAメチル化状態を解析し、加熱式タバコ使用によるDNAメチル化への影響をより詳細に調べる必要があるとしている。