まだ誰も訪れたことのない、木星トロヤ群小惑星。そこにある無数の小惑星は、そのどれもが、太陽系ができたころの歴史を保存する「化石」のような天体であると考えられている。

この未知の天体群へ向け、米国航空宇宙局(NASA)は2021年10月16日、初の探査機を打ち上げた。その名は「ルーシー(Lucy)」。太陽系の始まりと進化の歴史に迫る、12年間にもわたる大航海が始まった。

  • 木星トロヤ群探査機「ルーシー」

    NASAの木星トロヤ群探査機「ルーシー」の想像図 (C) Southwest Research Institute

木星トロヤ群というところ

太陽系第5惑星の木星。大きさ、質量ともに太陽系の惑星の中で最大で、その大きさのおかげで、天体望遠鏡を使えば比較的簡単にその姿を見ることができ、表面に見える縞模様など、その特徴的な姿は、私たち天文ファンの心を捉えて離さない。

その木星の公転軌道の前後に、大小さまざまな多数の小惑星が集まっている、「木星トロヤ群」と呼ばれる場所がある。木星と太陽とを結ぶ直線をもとに、2つの正三角形、つまりひし形を描いたときにできる頂点にあたる場所で、木星の重力と太陽と重力、そして物体にかかる遠心力とが絶妙なバランスで釣り合うことから、小惑星などが安定して存在し続けることができる。また、木星の公転方向の前方にあるものを「ギリシア群」、後方にあるものを「(狭義の)トロヤ群」と呼ぶ。

木星トロヤ群には、これまでに7000個を超える数の小惑星が発見されている。ちなみに、ラグランジュ点やトロヤ群は、大きな質量の天体が2つあれば成立するため、木星だけでなく、海王星や土星、地球にも少数ながら、トロヤ群小惑星が存在することが確認されている。

この木星トロヤ群がどうやってできたのか、なぜ小惑星が集まっているのか、そしてどんな小惑星が集まっているのかといったことは、謎に包まれている。

太陽系はいまから約46億年前、ガスや宇宙塵から始まり、その大部分は太陽になり、残りは太陽のまわりを回りながら徐々に集まって、衝突や合体を繰り返し、小惑星や準惑星、そして地球や水星、火星、木星といった惑星がつくられていったと考えられている。

その中で、木星の重力の影響で惑星になれなかったものもあり、それらは火星と木星とのあいだの小惑星帯(メインベルト)にある小惑星として残っていると考えられている。

  • 木星トロヤ群探査機「ルーシー」

    木星トロヤ群の想像図 (C) NASA/JPL-Caltech

ニース・モデル

かつては、木星トロヤ群の小惑星もこの流れに沿い、木星やその衛星がつくられていく過程で余った残骸からできたと思われていた。だが、それでは説明のつかないことも多かった。

そんな中、2005年に「ニース・モデル」という新しい説が登場した。このニース・モデルは、エッジワース・カイパーベルト天体(EKBO)という、木星はもちろん海王星よりも外側にある天体が飛んできて、現在の木星トロヤ群小惑星になったというもので、この説を提唱したのがフランスのニース(Nice)の研究グループであったため、こう呼ばれている。

このダイナミックな説は、まず木星や土星、天王星、海王星といった惑星は、いまよりも狭い範囲に固まっていたのではないか、という初期条件から始まる。現在、これらの惑星は太陽から5.2から30天文単位の間に分布しているが、誕生直後は5.5から17天文単位に、つまり土星や天王星、海王星は、いまある位置より太陽に近い位置で形成され、公転していたとされる。また、EKBOもいまより内側に存在していたとされる。

そして太陽系の誕生から5~7億年後、微惑星との相互作用により、木星や土星、天王星、海王星といった巨大惑星の軌道が、現在の位置へ向けて大きく移動。そして海王星がかつてのEKBOがあった領域まで移動し、重力的に散乱させて軌道が大きく乱れた結果、多数のEKBOが太陽系の内側まで飛んできて、そして木星トロヤ群に捕まえられ、現在の木星トロヤ群小惑星になったとされる。

一見、突拍子もないようにも思えるが、たとえば天王星や海王星の現在の位置や軌道や、「後期重爆撃期」と呼ばれるかつて太陽系の内側の惑星に大量の微惑星が降ってきたと考えられている時期などは、このニース・モデルを使えばうまく説明がつく。そのため、太陽系の起源を説明するシナリオとして、改良が加えられつつ有力視されている。

その研究を大きく進めるうえで重要なのが、木星トロヤ群の小惑星を直接探査することである。まずどのような天体なのかを知ることに始まり、どのように生まれたのかを知る手かがりも得られる。たとえば、木星トロヤ群にある小惑星と、現在メインベルトにある小惑星とを比べ、もし両者を比べて明確な違いがあれば、現在の木星トロヤ群小惑星がEKBOからやってきたものである可能性が高まる。

そしてそこから、太陽系の誕生から現在に至る歴史、そして後期重爆撃期が本当にあったのかどうかなど、数多くの謎を解く手がかりにもなると考えられている。

しかし、木星圏は遠いことから、これまで木星トロヤ群の小惑星は、地上や宇宙から望遠鏡で観測されたことしかなく、探査機による直接探査は行われてこなかった。また、メインベルトの小惑星はたびたび隕石として地球に落下することもあるが、木星トロヤ群は地球から遠く離れているため、隕石として地球に落ちてくることもない。そのため、メインベルトの小惑星以上にわかっていないことが多い。

だが、今回のルーシーの打ち上げにより、いよいよ人類はその謎の解明に向けた一歩を踏み出したのである。