2021年4月、IAR Systemsの日本法人であるIARシステムズの新社長に原部和久氏が就任した。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界を席巻し、日本も影響を受ける中、製造業の開発部隊はその手を緩めることは許されない。そうした状況にどう対応していくのか、また日本市場をIARシステムズとしてどう捉えているのか、同氏に話を聞く機会をいただいた(就任直後の4月に実施させていただいたのだが、その記事が10月頭に掲載されたのは、ひとえに筆者の不徳の致すところである)。
組込機器の開発で必ず必要となる開発ツール。最近は、マイコンなどを手掛ける半導体ベンダそのものが提供することも多いが、複数ベンダのマイコンなどを組み合わせて活用する場合もあり、そうした時にはIARシステムズのような独立系開発ソリューションベンダが手掛けるツールが活用されてきた。IARシステムズが手掛ける統合開発環境「IAR Embedded Workbench」もその1つで、70を超す半導体ベンダの14000以上のプロセッサ/マイコンをサポートしていることもあり、全世界で15万ユーザーが活用している業界メジャーツールの1つである。
このIAR Embedded Workbench、1983年の創業当時から自社開発を続けてきたC/C++コンパイラが最大の特徴で、時代ごとにデバッガやIDEなども独自開発のものを追加することで、ユーザーの利便性を追求してきたという。
日本市場に参入して20年
IARシステムズ(日本法人)は2001年に設立され、2021年に20周年を迎えたわけだが、売り上げについては18期連続で増収を遂げてきたという。この間、成長をけん引してきたのは、2010年まではTexas Instruments(TI)やAtmelなどのオリジナルコア向け、2010年からはArmコア向け、そして2015年以降はArmのハイエンド化傾向に併せてCortex-Aシリーズや機能安全系といった分野だという。
また、その一方で、組み込みアプリケーション開発では、その領域に適したCPUが残り続けるとのことで、今での8ビットCPUが活用される分野などもあることから、幅広くニーズのあるところをカバーしていくともしている。
原部氏は「顧客からは、組込機器は一品ものになりやすいが、IARシステムは汎用的に幅広くカバーしているため、IARシステムのツールであれば、次の開発で新しいCPUを導入してもそのまま使えるといった評価をもらっている」と、自社のツールの懐の広さを強調する。
IAR Systems全体で社員数は200名超。うち日本法人には15名ほどがおり、現地法人としては最大規模だという。「日本は売り上げ規模も大きく、グローバルでも重要拠点という認識を持っている」と原部氏は同社における日本の位置づけを説明するほか、「サポートの有無とコンパイラの良しあしで開発時間が変わってくることを顧客企業の開発現場はよくわかっている。そうした意味では、この新型コロナの感染拡大が問題となった1年でサポートの重要性が増してきたと感じている。開発者もリモートワークとなり、1人で作業を進める必要がでて、周りに問題が発生しても聞くことができない。そこをツールで解決できれば、働き方改革にもつなげることができる」と、自社と顧客企業との関係性が変化しているとの認識を示す。
日本独自の活動も展開
日本の顧客の中心は今でも8-32ビットマイコン。中でもCortex-M系は人気で、少なくとも今後5年間は高い需要が続くと同氏は見ているが、その一方で成長性としてはRISC-Vや64ビットMPU、組み込みセキュリティ、機能安全などの分野が期待できるという。
中でもRISC-Vについては、商用コンパイラが使えるということは日本のユーザーにとっての大きな支援になると自信をのぞかせるほか、セキュリティ関連についても、Arm TrustZoneが進化していっている一方で、ソフトウェアエンジニアがそれを使いこなせるかというと、必ずしもそうではないため、使い勝手のよいソリューションとなるべく取り組みを進めていくとしている。
また、日本独自の活動として、FSEG(Functional Safety Expert Group)を立ち上げを行ったという。産業機器向け機能安全規格である「IEC 61508」への準拠を支援する企業の集まりで、コンパイラを買ってみたは良いが、ほかに何をすれば認証が取得できるのかわからない、といった声が多くあったことから、そうした課題解決に向け、ハード、ソフトの垣根を越えて機能安全にかかわるベンダ同士がパートナーシップを組んだという。
「狙いとして、機能安全認証をどうやって取得するのか、ユーザーが困っている。IARシステムズに限らず、ハード、ソフトベンダは、顧客が設計をすることを決めてくれないと商品を提供できない。その一歩を踏み出す後押しをするための組織がFSEGとなる。特に、機能安全認証は欧州では必須となるので、その開発の手助けになれればと思っている」(同)。
このFSEGの取り組みについて同氏は、徐々にエコシステムとしての機能を広げていきたいとしており、不足している分野のパートナーを積極的に取り込んでいくとするほか、この取り組みを成功させ、アジアを中心に他国にも広げていきたいとしている。
重要性が増すIoTでのセキュリティ
このほか、同社ではIoT関連でのセキュリティにも注力を入れているとする。その背景には、急速にセキュリティに関する法規制などが進んでおり、どこの何をフォローすればよいのか、複雑になってきているという点があるという。
こうした顧客企業の課題を解決するためのソリューションを複数用意。開発から生産までカバーできる体制を整えているとのことで、IoTファームウェアの不正改ざんなどについても対応支援をしていきたいとするほか、セキュリティに関しては組み込みエンジニアの大半はもともとは範疇外の分野であるため、ツール導入の際に役立ててもらうトレーニングコースもレベルごとに用意。ツールとセットで活用してもらう体制を構築しているという。
原部氏は、「日本の開発現場のエンジニアは、品質を保つノウハウやきれいにコードを書く能力などを有しており優秀だ」と語る。そんな優秀なエンジニアだからこそ、さまざまな規格への対応や効率化が今後、さらに求められてくるようになってくる。「そうした時代だからこそ、我々のツールを使ってもらうことを目指し、よりスピーディかつスマートな支援の実現を目指す」としており、今後はこれまでのマイコン系ツールという印象に加え、セキュリティツールとしての存在感も増していければとしている。
また、産業機器を主眼に置きつつ、近年サポートしている半導体メーカーの車載向け製品が増えてきたこともあり、車載関係を中心にリアルタイム性が求められる分野などでも存在感を増していきたいとしている。