京セラは6月、新たなセラミックナイフブランド「cocochical(ココチカル)」を立ち上げ、9月30日についに一般販売となった。このcocochical、先行販売となった応援購入サービス「Makuake」の包丁部門において、目標金額30万円に対し、応援購入総額2295万5250円(達成率7651%)と過去最高金額を更新したほか、応援購入サポーター数2214人とこちらも過去最高人数を更新したことでも話題になった。一体、何がそこまで多くの人を引き付けたのか?。同社への取材を通して見えてきた「調理に心地よさを届けたい」という開発プロジェクトチームの並々ならぬ思い、そして実際に使ってみた感想を踏まえ、cocochicalの全容をお届けしたい。
発売から30年以上の時を経てリニューアル実施へ
セラミックを用いた包丁、いわゆるセラミックナイフが発売されてすでに35年以上の月日が経った。その間、世界的に知名度は向上し、アジア各国から、日本に買いに来る、というムーブメントも起こっていた。
一方、日本国内での販売は、同社のアンケート調査からは、リピーター購入が多く、新規ユーザーの開拓ができていないのではないか、という話も出てきており、社内からはセラミック包丁をもう一度、リブランディングしようという機運が高まり、プロジェクトがスタートしたという。
リブランディングの肝となったのが、新素材「Z212」を採用するという点。単にデザインを変えるだけではブランドとして変わらないという考えから、新たな挑戦を盛り込んでの開発となったという。
「白」という色へに対する徹底的なこだわり
cocochicalには、白と黒の2色が用意されている。「日本でセラミック包丁は白色というイメージがある」という判断から、2色(海外では黒の方が人気が高い地域があるという)展開を決定したが、その理想的な「白」を実現するまでが、苦難の連続の日々となった。というのも、Z212は従来のセラミック包丁に用いられてきた「Z206」と呼ばれる素材と比べ硬い配合となっており、硬度が上がった一方で、破壊靭性値(いわゆる“ねばり強さ”)が下がり欠けやすいという欠点があった。包丁として求められるねばり強さと従来比2倍の硬さ、この相反する特性を両立するために、原料から製法まで一から見直しを図り、ようやく従来同様の破壊靭性値を実現するまでこぎつけたという。
実際に、靭性試験の様子を見せていただいたが、他社製の刃は横から圧力をかけると、しなりもせずにパキッと折れてしまったが、cocochicalは圧力をかけた部分がしなり、なかなか折れずに、耐え抜いていた(個人で、この試験をするにはあまりに危険なので、実施はオススメできない)。
しかし、話はそれだけでは終わらなかった。白いと刃付けの加工時に加工の跡が残ってしまうという課題も生じたという。そのため、その後が見えなくするための技術開発も進めることになったとする。
加えて、実のところ従来素材でも限定モデルで刃も柄(ハンドル)も白のモデルを販売したことがあったのだが、その時の刃の色は乳白色っぽい、若干黄色みがかかった、透けるような質感で、刃が白でハンドル(樹脂製)も白という一体感に乏しいものであったという。これは、従来素材に透光性があり、刃の向こう側の光を受けた結果、黄色味が出るというある種の仕様であった。
しかし、逆に透光性がない素材とすると、今度はおもちゃのプラスチック製包丁のような印象となり、セラミックや陶器という印象からほど遠くなってしまうという問題もあり、陶器の皿などからは質感なども高級感といったものを感じられる色味と一体感のある形の両立をセラミックと樹脂で実現することを模索する日々であったという。
こだわりの職人の手による刃付け作業
実際に使ってもらうと分かるのだが、セラミックと樹脂の組み合わせであるため、一般的な金属包丁と比べると格段に軽い。本当にこれで切れるのか? と不安になるほどに軽いのだが、刃を入れると、スッと切れる。これが実に小気味好い切れ味である。
この切れ味の秘密の1つが「刃の付け方」にある。刃の断面が緩やかなアール(R)がかかった形状で、食材を切った際の切り離れを良くする「ハマグリ形状」や「ハマグリ刃」と呼ばれる形状を採用している。実はこの形状、刃こぼれに対しても強くなるという利点があるという。セラミックは衝撃にもろいという弱点がある。しかし、単に直線的な鋭利な刃は短期的には切れ味は良いかもしれないが、刃こぼれがしやすいという問題がでてくる。それをハマグリ刃とすることで、刃こぼれしにくく、しかも切れ味鋭く、といった一挙両得を実現している。
ただし、ハマグリ刃付けは、現代の技術をもってしても、すべてを自動機械化するのは難しいという。そのため、最終の刃付けに関しては、量産工程であっても、熟練の職人が1本ずつ丁寧に行っている。ちなみに、同社のセラミック包丁を購入すると(従来品、cocochicalともに)、1回だけ職人による刃研ぎサービス券が付いてくる(大きく欠けてしまった場合は使用不可。cocochicalには1回だけ使用可能な修理サービス券が付いてくる)。
また、最終の品質検査も、すべての包丁に対し、手に持った紙に対して、上から刃を下ろして切るという紙切り試験を実施。万が一、刃こぼれがあった場合、この試験で分かる仕組みを用意。このほか、セラミックを形成する際に焼成炉を使うわけだが、ちゃんと焼成されていないと強度が下がってしまうため、確認のためにゴムハンマーで叩いて強度確認を行うといった試験も全数行っているという。
料理が楽しくなる切り心地
実際に使ってみると非常に切るのが楽しいと感じられる仕上がりになっていた。
というのも、試しに切ってみた画像(あまりうまく撮れてなくて申し訳ない)を見ていただくと分かるのだが、例えばトマトだと、端を切っても潰れないし、果肉のある部分を切っても潰れない。そのため、時間を少しおいても、水気が出てこないことが確認できた。
これだけ切れると非常に調理が楽しくなる。自分の思った通りに食材が切れるのである。こんなに楽しいことはない。cocochicalのブランドコンセプトは、「セラミックスで調理に心地よさを」であり、コロナ禍にあって、家にいる時間が増える中、料理を大切な時間として、料理をもっと上質なものにしたい、楽しいものにしたいという人をターゲットとしたというが、まさにそれを身をもって感じられる仕上がりとなっていると言えるだろう。
ただし、あまりに軽く切れるので、切りすぎて指なども切らないように注意が必要だ。なにせ軽くスッと引くだけで切れるので、切るぞ、という気持ちの準備なく切れてしまう。危うく筆者も試し切りの際に、爪に刃が当たるということをやらかした(単に下手なだけ、という可能性が高い)。
また、白故に汚れを気にする人もいると思うが、柄の部分は油を少しつけて拭くと汚れが落ちやすいという(この方法は購入すると注意書きとして入っている)。また、刃については、漂白で漬けおくか、もしくはメラミンスポンジで擦ることで白さが復活するという。同社では、「どうしても包丁なので、使っていくうちに汚れが付着する。研ぎ直しサービスでも、刃の部分を洗浄して戻すので、よりきれいな状態を保って使ってもらえると思う」という裏技もあるとする。
新たな販路の拡大にも挑戦
cocochicalはプロダクトデザイナーの桑野陽平氏の手により、刃と柄に段差がなく一体感を出したデザインとなっているが、それを包む商品箱もこだわって作っている。これまでの京セラのセラミック包丁を購入した人は記憶にあると思うが、プラスチックのブリスターパッケージであった。しかしcocochicalの場合、そのすべてを心地よいものとするために、箱も意識して紙をベースにパッと見、包丁と見えない作りを採用している。
これには、メインターゲットである主婦(主夫)のみならず、ギフトとして選んでもらえるように、という想いが込められているという。これまでも、セラミック包丁を母の日ギフトで贈るといったことは行われてきたとのことで、よりプレゼントとしてうれしく思ってもらえるように、銀箔押しを採用したり、底部分の曲線形状の採用など、輸送でへこんだりしないように工夫しつつ、心地よいデザインを模索していったとする。
また、その販路も従来の量販店や百貨店などに加え、インテリアや生活雑貨といった店でも、ふらっと立ち寄った際に、おしゃれなナイフだと思って手に取ってもらえるような世界観を含め伝える工夫を今後、積極的に行っていくという。
金属包丁であれば、すでにどこで売っている、という固定観念が根付いているため、そういった店に置かれると、なぜここに? という疑問が湧くが、まだまだその存在を知らない人が多いセラミック包丁であればこその逆手にとった戦略と言えるだろう。
なお、セラミックであるため、切るモノによっては刃がかける可能性があることに注意が必要である。同社に確認したところ、大きい肉の塊や白菜一玉などは牛刀がお勧め(各色5種類ずつ用意されている)というが、一方で魚や鳥の骨、皮が堅い野菜(生のかぼちゃなど)はお勧めしないとのことであった。もし、万が一、折れる、欠けるなどが生じた場合、同社の修理サービスを1回無料で利用できるので、それを使うのが良いだろう。