京都大学(京大)は9月30日、独自開発した「合成条件推薦システム」と1500件規模の並列合成実験データに基づいて、数万件の未実験条件における合成可能性を評価し、上位300件の検証実験により2つの新規酸化物を発見したと発表した。

同成果は、京大 工学研究科 材料工学専攻の林博之助教、同・田中功同教授らの研究チームによるもの。詳細は、米セラミック協会が刊行する「Journal of the American Ceramic Society」に掲載された。

物質の合成成否は多岐にわたるパラメータの複雑な相関により決まるため、これまで新規物質の合成には、研究者の勘と経験に基づく、多くの試行錯誤の実験が必要とされてきた。そうした中、近年になって計算能力とAI技術の向上により、新規物質の探索研究であるマテリアルズ・インフォマティクスが進展している。

その中でも新しい手法が、合成実験データを基に物質の合成条件を予測するというもので、合成実験データの取得方法で2つに大別できるという。1つは、過去に蓄積されてきた多数の文献から自然言語処理技術で合成条件に関する情報を抽出する方法で、もう1つは、実際に研究室の環境下で行った合成結果を用いる方法だという。

研究チームは、後者の手法で獲得したデータを、低ランク性を仮定した「テンソル分解手法」と組み合わせることで、物質ごとに最適な合成条件を推薦するというシステムを開発してきたが、この手法であっても、これまで誰も成し遂げたことのない新規物質の合成には成功していなかったという。そこで今回の研究では、「擬二元系酸化物」を探索対象として、合成条件推薦システムによる新規物質探索が有効に働くか否かの検証を行うことにしたという。

具体的には、今回の研究で対象とする合成条件のうち、未知の擬二元系酸化物を目的とした合成条件は約6万件ほどで、擬二元系酸化物においてどれほど新規物質の発見が困難であるかを調べるため、研究チームは無作為に選んだ600条件で実際に合成実験を行うことにしたという。結果的に、得られた試料の結晶相はすべて既知物質で説明され、新規物質の合成には至らなかったとした。 これらの失敗データに加え、既知物質に対する942件の合成実験が行われ、合計1542件の合成結果を有する合成データベースを作成。これと合成条件推薦システムにより、まだ実験を行っていない物質に対する合成条件の合成可能性スコアの予測を実施。その上位300件の合成実験を実施し、推薦システムの予測能力の検証を行ったところ、2つの新規物質「La4V2O11」と「La7Sb3O18」の発見に成功したという。

  • マテリアルズ・インフォマティクス

    (上)合成条件推薦システムで予測した、上位300件の未実験物質の合成条件における合成可能性スコアのヒストグラム。オレンジが実際に合成に成功した条件を、青が失敗した条件を示す。ヒストグラムのビン幅は0.05。(下)ヒストグラムの各ビンにおける合成成功条件の割合に対する合成可能性スコア依存性。合成可能性スコアが高いほど、合成成功の割合が高いことがわかる (出所:京大プレスリリースPDF)

結晶構造解析の結果、La4V2O11は部分占有な酸化物イオンサイトを持つ結晶構造であることが判明。La7Sb3O18でも同様の結果が得られており、これまで誰も合成したことのない新規物質であっても、合成条件推薦システムにより最適な合成条件を予測できていることが示されたとした。

  • マテリアルズ・インフォマティクス

    (左)今回発見されたLa4V2O11を目標とした、合成条件における粉末X線回折プロファイルの温度依存性。括弧で示された合成可能性スコアが高いほど、新規物質La4V2O11の回折ピークが強く表れていることが見て取れる。(右)La4V2O11の結晶構造。バナジウム(V)に配位する酸化物イオンサイトが、部分占有になっている結晶構造であることが確認された (出所:京大プレスリリースPDF)

研究チームでは今回の研究成果を踏まえ、実験結果のデータベースに基づいて、AIで効率的に新規物質の合成条件を予測するためのシステム開発について、一定の成功が収められたとしており、マテリアルズ・インフォマティクスに基づいた、新物質の開発に突破口をもたらすと期待されるとする。

なお、マテリアルズ・インフォマティクスの無機合成研究においては、合成ロボットとAIを活用した自律的合成実験の研究も始まっているとのことで、今回の研究で構築されたデータベースは、まだ1500件規模の小さなものだが、自動実験により容易に拡張することができ、予測精度のさらなる向上が期待できることから、新規物質の合成だけでなく、最適な特性値を持つ物質の探索にも開発された手法を適用することで、応用分野が広がると期待されるとしている。