理化学研究所(理研)は9月29日、魚が安全な場所へ逃避するのに最適な未来の状態を予測する脳内モデルを形成して脳内モデルと現実の状況を比較して「予測誤差」を算出し、予測が実現化されているかどうかをモニターすること、さらに予測誤差の最小化によって、最適な危険回避行動を取ることを明らかにしたと発表した。

同成果は、理研 脳神経科学研究センター 意思決定回路動態研究チームの岡本仁チームリーダー、同・鳥越万紀夫研究員、同・柿沼久哉研究員、同・青木田鶴研究員(研究当時)、同・イスラム・タンヴィル テクニカルスタッフ、理研 脳神経科学研究センター 脳型知能理論研究ユニットの磯村拓哉ユニットリーダー、沖縄科学技術大学院大学 神経情報・脳計算ユニットの深井朋樹ユニットリーダー、同・ファン・アラン・チーチュン研究員、北海道大学 人間知・脳・AI研究教育センターの島崎秀昭特任准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

生き物が安全に暮らすためには、自らが存在する環境の中で、どこが危険でどこが安全かを学び、将来の安寧を得るために現在望まれる状況を予測して現実の状況との差を評価し、これらの情報をもとに次に取るべき行動に反映させることが重要だと考えられているが、脳内に作られた(学習された)将来の最適な状況に関する予測(脳内モデル)と、現実の状況との違い(予測誤差)が、実際にどのように脳内で表現され、意思決定行動に寄与しているのかについては、よくわかっていないという。

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    魚類と脊椎動物の脳発生機構の比較 (出所:理研Webサイト)

ゼブラフィッシュの脳は、マウスと比べても小型ながら、その場の状況に適した行動を学習する能力があり、脳の大部分の領域で神経活動を一挙に観察できるサイズであるため、動物モデルとして活用されてきた。今回の研究も、そんなゼブラフィッシュを用いて、仮想現実空間の中で電気ショックから逃れるための適切な行動を訓練によって習得させるという課題が用意され、実際の神経活動の観察から、脳内モデルによる予測と現実との予測誤差が、神経細胞の活動としてどのように表現されているのかなどといったことの解明が試みられた。

今回の実験では、ゼブラフィッシュに仮想現実空間内を泳いでいるように感じさせることを可能とする「仮想現実空間実験システム」を構築。ゼブラフィッシュに「GO課題」と「NOGO課題」という2つの規則の下で、電気ショックを受けないための正しい回避行動を学習させた。

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    今回考案されたフィードバック付き閉ループ仮想現実空間実験システム (出所:理研Webサイト)

この回避行動学習が成立する前から成立した後までの全過程において、脳神経細胞集団の活動変化を測定。その結果、周囲の色が危険な領域と学習した色や安全な領域と学習した色と認識すると、見ている色に対応して活動し始める神経細胞集団があることを確認したほか、GO課題において、一定時間以内に逃げないと電気ショックを受けるという色を安全な領域の色へと規則を逆転させたところ、これらの神経細胞集団は学習が進むにつれて活動しなくなることも確認したという。

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    仮想現実空間において行われたGO/NOGO課題 (出所:理研Webサイト)

これは、元々の規則において、それぞれの色が何を意味するのかという規則を脳で表現していると解釈できると考えられることから、別の実験として、危険な領域から逃げたつもりになっても、周囲の色が変わらないようにしたところ、そうした状況で活動するまた新たな神経細胞集団も確認。この新たな神経細胞集団は、GO課題においてゼブラフィッシュが泳がずに危険な領域にとどまってしまって失敗したときにも活性化していたことも判明したほか、安全な領域に逃げて課題を達成したときは活性化していなかったことも確認されたという。

研究チームでは、この新たな神経細胞集団は、トレーニングによって形成された将来の最適な状況に関する予測に対する、現実の状況との予測誤差を脳内で表現していると考えられるとしており、この予測誤差を表現している神経細胞集団は、行動学習を成立させたゼブラフィッシュのうち3分の1において観察されたという。

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    今回の研究で発見された神経細胞集団と、その活動の挙動 (出所:理研Webサイト)

これを踏まえ、この予測誤差を表現している神経細胞が、行動の選択にどのように関わっているのかの解析として、予測誤差を表現する神経細動集団と色が示す規則を表現する神経細胞集団の2種類を持つゼブラフィッシュと、色が示す規則を表現する神経細胞集団だけを持つゼブラフィッシュとを比べ、両者の行動様式に違いがあるかどうかの比較検討を実施したところ、前者のグループはゴールまで途中で休憩することなく一目散に泳ぐのに対して、後者は途中で休み休み泳いで、かろうじて制限時間内にゴールに到着することが確認されたという。

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    色が示す規則と予測誤差の両方を持つゼブラフィッシュは、途中で休憩することなく一目散に泳ぐことがわかった (出所:理研Webサイト)

この結果は、最適な未来の予測(脳内モデル)と現実との予測誤差を脳内において表現し、その予測誤差を最小化するように行動することで、素早く効率的な逃避行動を取ることができるようになることを示すものであると研究チームではしており、このような脳内モデルがどのように形成され利用されるのかを、神経細胞やそれが構成する神経回路のレベルで解明するための糸口を得ることに成功した成果だとしている。