ホンダが挑む再使用型小型ロケットの開発

本田技研工業(ホンダ)が、同社の研究開発を担う本田技術研究所で進めている最新の研究内容を公開した。モーターとガスタービンのハイブリッドを採用したeVTOLや、ASIMOの系譜に連なる多指ハンドを有するアバターロボットなどに関する技術を披露したほか、宇宙への挑戦として、2020年代中に再使用型の小型ロケットを打ち上げることを目指していることを明らかにした。

ホンダが小型ロケットを開発していることそのものは2021年4月の時点で、同社の三部敏宏社長が社長就任会見の席にて明らかにしていたが、どの程度の打ち上げ能力で、どういった軌道に投入可能か、といった話はでていなかった。

今回、1000kg級のペイロードを地球低軌道に打ち上げ可能な再使用型の小型ロケットという点が明らかにされたが、同社の中での位置づけとしては「“夢”と“可能性”の具現化に向けた若手技術者たちのチャレンジ」というものだが、ホンダの執行役常務で、本田技術研究所の代表取締役社長も務める大津啓司氏は、「技術はロジックがないと実現できない。こういうことがやりたい、というのではなく、なぜできるのかについての説明がなければGoは出せない」と研究所での研究を進めるかどうかの判断基準を語っており、今回のロケット作りについても、一定の実現性があるとの判断から開始したことを示唆している。

実際に、eVTOLやアバターロボットなども含め、その実現には、ホンダがこれまで培ってきた燃焼、電動、制御、ロボティクス技術などのコア技術を活用できると考えられるためで、ロケット開発についても、既存プロダクトのコア技術として、「流体」「燃焼」「認識」「経路生成」「誘導」といったものを挙げている。

  • ホンダロケット

    再使用型の小型ロケットに適用可能なホンダのコア技術の概要 (資料提供:ホンダ)

実際の開発は2019年末よりスタートし、約1年半ほどでエンジンの燃焼試験ができる段階まで到達したという。また、実際の機体そのものについてはシミュレーションの段階としており、どういった部分が再使用に向けて地上に戻ってくるのか、といったことも検討段階だとしている。

気になる開発スケジュールだが、地球低軌道を活用した衛星ビジネスが盛り上がってきていることを踏まえ、2020年代中にはまずは準軌道、いわゆる高度100kmまで打ち上げ、地上に機体の一部を戻すことを達成したいとしている。また、射場については、まだ決定ではないが、おそらく米国になるのではないか、との見方を示している。

JAXAと目指す月面での循環型再生エネルギーシステム

ホンダの宇宙への取り組みとしては、ロケット開発とは別に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と月面に人が滞在する時代に向けた循環型再生エネルギーシステムの実現性の検討を開始したことを2021年6月に明らかにしているが、今回の技術公開では、そのシステムのプロトタイプともいえるものが披露された。

  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • 小型版の循環型再生エネルギーシステム。太陽電池などで得た電力を用いて水を循環利用し、エネルギーや水、酸素、水素などを得ることを可能とする

循環型再生エネルギーシステムは、水を電気分解して酸素と水素を製造する高圧水電解システムと、酸素と水素から電気と水を発生させる燃料電池システムを組み合わせたもの。月の極付近にあるとされる氷を水に溶かし、そこから水素と酸素を生み出すことで、水素をエネルギーとして、酸素を居住区向けに活用するほか、水素と酸素の反応から電気と水を発生させ、その電気をモビリティに活用するといったことを想定している。

  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • 月面での循環型再生エネルギーシステムの活用イメージ (資料提供:ホンダ)

アバターロボットで地球から月面へ

さらに、ASIMOの発展の本流に位置づけられているのが同社の「アバターロボット」だが、どれだけ離れていても、どんな場所でも、あたかもその場にいるかのようにモノを扱えることを目指しているため、当然ながら月面での利用も想定しているという。

ポイントとなるのが、人間並みの能力を持った多指ロボットハンドの開発。コインのような小さなものをつまんだり、ペットボトルの蓋を開けるといった繊細さと、重量のある工具などをがっちりと持てる力強さの両立が必要となるため、多指ハンドのハードウェア性能そのものの向上もさることながら、遠隔での操縦による誤差を修正するソフトウェアも重要となるという判断から、さまざまな形状や、その最適な把持の仕方などを学習したAIのサポート機能(AIサポート遠隔操縦機能)の進化にも取り組んでいるとのことで、オペレータの視線から、どこを見ているのかを推定し、その見ている先の物体の最適な持ち方などを自動で判断、スムーズな把持などの実現を目指しているとする。

  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • 多指ロボットハンドを搭載したアバターロボット。指先にツメがあり、AIを活用することで、適切な力の入れ具合でステイオンタブ(タブ)を開けることを可能とした

すでに、ドライバー(ねじ回し)をうまくピックアップし、しっかりと握る、といった学習ができるようになってきたという。ちなみに、現在の多指ハンドはアクチュエータや基板、ケーブルなどの兼ね合いから4本(ヒトの薬指と小指を1本の指に置き換え)で開発をしているが、あくまで試作モデルであり、後2年もすればかなりスリムなものができ、2023年には外部パートナーの募集と実際の技術実証ができるのではないかとしている(宇宙での利用は、耐放射線性などの評価が必要となってくるため、地上での一連の試験などを終えた後となる見通しだという)。

  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • 多指ハンドとAIサポート遠隔操縦機能の概要と、実用化に向けたロードマップ (資料提供:ホンダ)

eVTOLの事業展開の目標は2030年代

そして宇宙ではなく、空への挑戦となるeVTOL(電動垂直離着陸機)だが、単なるモーター駆動ではなく、ガスタービンとのハイブリッド方式を選択した理由について、同社では「バッテリーだけだと航続距離が短い」という点を問題視したためだとする。

  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • ハイブリッド式eVTOLの外観。まだ空力の最適化などがなされていないため、ここからブラッシュアップされていく予定だという。乗客は4-6名が搭乗できる大きさで、離着陸用として8基のプロペラを、推進用として2基のプロペラを搭載。機体素材としてはeVTOL用カーボンファイバーとしている

同社の調査では、バッテリー単体による航続距離(約100km程度)以上に、数百kmの航続距離の方がニーズが高いという結果がでており、バッテリーの進化にも対応しつつ、航続距離を稼げる仕組みとしてハイブリッド方式を選んだとする。一方で、ハイブリッド技術、飛行機、ジェットエンジン、自動運転技術、F1でも活躍できるパワーユニットといった幅広い技術を社内で有していることも、ハイブリッド方式を選択する要因になったともしている。

  • ホンダロケット
  • ホンダロケット
  • eVTOL向けガスタービンハイブリッドシステム。航空用パワーユニットとして軽量化と強度の両立を実現したという

具体的な事業化に向けたスケジュールとしては、2024年ころまでを研究開発フェーズと位置づけ、2023年には米国で試作機を飛ばしたいとする。その結果などを踏まえ、2025年には事業化の判断を行い、問題ないと判断されれば、認定の取得を進め、2030年には事業展開をしたいとしている。

  • ホンダロケット

    eVTOLの開発ロードマップ (資料提供:ホンダ)

なお、単にeVTOLの機体だけあっても、発着場や航空管制などのインフラがなければ活用することが叶わないため、そうしたインフラの整備や機体整備などを含めたエコシステムの構築が重要となるとの認識も示しており、機体の開発と並行して、パートナーとどこを担当していくかの切り分けをMBSE(Model Based Systems Engineering)として考えていくことで、ものづくりのメーカーから、サービスの企業へと業態変革を遂げていきたいともしている。

  • ホンダロケット

    機体開発と並行してエコシステムの構築も目指す (資料提供:ホンダ)